Last-modified: 2017-08-08 (火) 20:50:25 (42d)

【九七式司令部偵察機】(きゅうななしきしれいぶていさつき)

1930年代に三菱重工が設計・開発、大日本帝国陸軍航空隊に制式採用された単発レシプロの高速・長距離偵察機
陸軍での型式呼称は「キ15」、米軍のコードネームは"Babs(バブス)"であった。

本機は「(当時の)戦闘機よりも高い速度性能と長い航続距離を生かして単機敵地上空奥深くへ侵入、敵情を収集する」というコンセプトのもと設計・開発され、1937年(昭和12年)に制式採用。
まもなく起きた支那事変では、当初のコンセプト通り敵地領内奥深くへ侵入する偵察任務に従事し、数多くの有益な情報を持ち帰って作戦遂行に貢献した。
本機は基本性能が優れていたことから、後継の「一〇〇式司令部偵察機(百式司偵・新司偵)」がデビューした後も並行して実戦で使われ、大戦中盤の1943年頃まで第一線にありつづけた。

ちなみに、本機や一〇〇式の運用思想は、後年、アメリカで開発された「U-2」や「SR-71」という「戦略偵察機」や、人工衛星の運用技術を持つ各国が運用する「偵察衛星」に発展した。
そのため、本機(及び一〇〇式)は「世界最初の戦略偵察機」ともいわれている。

本機は合計437機が生産され、陸軍に引き渡されたが、これ以外にも海軍に「九八式陸上偵察機」として採用(50機生産)されている*1
また、本機の試作2号機は東京朝日新聞社に払い下げられて「神風号」と名付けられ、1937年4月〜5月に東京〜ロンドン間の往復連絡飛行を敢行、無事日本へ帰還したのは有名な悦話である。

この後、同機の成功に触発された東京日日新聞社(後の毎日新聞社)は、海軍の九六式陸上攻撃機をベースとした双発機「ニッポン号」による世界一周親善飛行を敢行、こちらも無事目的を達成している。

性能諸元

機体略号キ15
主製造社三菱重工業
乗員数2名(操縦士・偵察員)
全長8.49m
全高3.34m
全幅12m
主翼面積20.36
自重1,399kg
最大重量2,033kg
全備重量2,189kg
プロペラ固定ピッチ2翅
発動機中島九四式(ハ8)空冷星形9気筒(公称550馬力)×1基(キ15-I)
三菱 ハ26-I 空冷星形14気筒(900馬力)×1基(キ15-II)
最高速度500km/h
実用上昇限度11,900m
航続距離2,400km
固定武装テ4 試製単銃身旋回機銃二型(口径7.7mm)×1門


派生型

  • 九七式司偵一型(キ15-I):
    中島九四式(公称550hp)発動機搭載の初期型。

  • 九七式司偵二型(キ15-II):
    中島九九式(公称900hp)発動機搭載の改良型。カウリング形状が異なる。

  • 九七式司偵三型(キ15-III):
    三菱ハ102(離昇1,050hp)発動機搭載の性能向上型。試作のみ。

  • 九八式陸上偵察機一一型(C5M1):
    海軍型。エンジンは陸軍の二型と同型を搭載。20機生産。

  • 九八式陸上偵察機一二型(C5M2):
    エンジンを栄12型(公称940hp)に換装した海軍型。30機生産。

  • 雁一型/鷹二型通信連絡機:
    いずれも民間向けモデル。主に大手新聞社が採用した。
    • 神風号
      陸軍から東京朝日新聞社に払い下げられた試作2号機。
      1937年、東京〜ロンドン間の往復連絡飛行を成功させた。


*1 当時の海軍では、戦艦巡洋艦などに搭載される水上機航空母艦搭載の艦上攻撃機、あるいは陸上攻撃機飛行艇偵察機として用いており、陸上基地から運用する専用の偵察機を運用していなかった。

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