Last-modified: 2022-09-13 (火) 17:29:11 (18d)

【飛燕】(ひえん)

川崎 三式戦闘機(キ61)"飛燕"。

日本帝国陸軍戦闘機連合軍におけるコードネームは"Tony(トニー)"。
略称として「三式戦」や「ロクイチ」のほか、「和製メッサー」とも呼ばれた。

本項では、キ100(五式戦闘機)についても解説する。

昭和15年2月、日本陸軍は川崎飛行機に対し、ドイツのBf109に搭載されたダイムラー・ベンツ「DB 601」エンジンを搭載する重戦闘機"キ60"と軽戦闘機"キ61"の開発を命じた。
このうちキ61は、川崎の技術者達によってあらゆる局面に対応できる戦闘機を目指した、軽戦闘機という枠に囚われずに速度、旋回力、火力などのバランスの取れた機体となった。
太平洋戦争開戦直後の昭和16年12月に初飛行し、同じエンジンを搭載するキ60を上回る結果を残した上、陸軍の期待を遥かに超える性能を発揮したため、昭和18年に陸軍は制式採用を決定。採用年の昭和18年(皇紀2603年)から「三式戦闘機」と命名された。

本機は設計者の土井技師から旋回性能に優れる軽戦闘機(軽戦)と速度性能に優れる重戦闘機(重戦)の中間を意識した、中戦と呼ばれた。
一方で頑丈な設計から、急降下性能が日本戦闘機としては優秀であった。また、多くのパイロットからその優れた操縦性を評価されている。

一型はDB 601を川崎がライセンス生産した「ハ40」エンジン*1を搭載したが、日本では整備体制の整っていない液冷エンジンだった事や、原型が革新的な設計の取り込まれた複雑な構造だった事もあり、生産効率が悪く、整備性の低さから稼働率も低迷した。
本機は激化するニューギニア戦線に投入されたが、劣悪な整備環境ではただでさえ低い稼働率に拍車がかかり、飛行可能な機体もほとんどは不調を抱えていた。
さらに、前線では武装が貧弱との評価があり、ドイツから輸入した強力な薄殻弾頭を発射可能なマウザー社製の20mm機関砲(MG 151/20?)搭載型の388機が生産、改造された。(一型丙)
ただ、この機関砲は弾薬の在庫が尽きた時点で使用不能となり、後に国産の二式20mm機関砲(ホ5?)に変更されることになった。(一型丁)

一方で、整備インフラの整っていた本土で素早い補給を可能とし、高い稼働率を見せた一部の部隊では、他の日本機に比べて優れた高高度性能を活かし、B-29迎撃では主力戦闘機として運用された。

改良され、馬力が大きく向上、快調なら高度10,000mでも安定した飛行を可能とする「ハ140」エンジン搭載機も生産された。(二型)
しかし、戦争末期の日本では全体的な工業システムの弱体化によって、エンジン側の生産が追いつかなかったため、機首のない「首無し飛燕」が工場に並ぶ結果となり、苦肉の策として1945年、エンジンをハ112-空冷エンジンに換装したキ100(五式戦闘機*2)が生産されることになった。
このような経緯がありながら、キ100は他の陸軍新型戦闘機よりも優れた信頼性を発揮、ベテランパイロットに高評価だった。
そして本機は、終戦によって陸軍最後の制式戦闘機となった。

2009年には海軍の零式艦上戦闘機と共に、経済産業省から「近代化産業遺産群」に認定されている。
現在は二型の1機がほぼ完全な状態で保存されており、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館で展示されている。

関連:震天制空隊?

性能諸元

タイプ三式戦一型乙三式戦一型丁三式戦二型五式戦一型
機体略号キ61-飢キ61-誼キ61-恐キ100-I
乗員パイロット1名
全長8.74m8.94m9.1565m8.818m
全高3.70m3.75m
全幅12.00m
翼面積20
空虚重量2,380kg2,630kg2,855kg2,525kg
正規全備重量3,130kg3,470kg3,825kg3,495kg
プロペラハミルトン油圧式定速3翅
発動機川崎 ハ40
液冷倒立V型12気筒
川崎 ハ140
液冷倒立V型12気筒
三菱 ハ112-II
空冷式複列星型14気筒
出力離昇1,175馬力/863kW離昇1,500馬力
/1,102kW
離昇1,500馬力
/1,102kW
最高速度590km/h
(高度4,860m)
560km/h
(高度5,000m)
610km/h
(高度6,000m)
580km/h
(高度6,000m)
上昇性能
(5,000mまで)
5分31秒(15m/s)7分(11.9m/s)6分(13.9m/s)6分(13.9m/s)
翼面荷重156.5kg/173.5kg/191.25kg/174.8kg/
馬力荷重275W/kg249W/kg288W/kg315W/kg
航続距離1,100km+戦闘20分
または3.65時間
2,850km(増槽付)
または7.65時間
1,800km
(過荷)
1,600km
(過荷)
2,200km
(正規)
固定兵装ホ103
一式12.7mm固定機関砲×4門
(胴体×2+翼内×2)
ホ5
二式20mm固定機関砲×2門(胴体)
ホ103
一式12.7mm固定機関砲×2門(翼内)
携行弾数各250発各120発
(胴体)
各250発
(翼内)
各250発
(胴体・翼内)
各200発(胴体)
各250発(翼内)
爆装100kg〜250kg爆弾×2発250kg爆弾×2発


バリエーション

  • キ61:
    原型機。

  • 三式戦一型:
    "ハ40"(1,175馬力)を搭載した主生産型の総称。

    • 三式戦一型甲(キ61-宜叩法
      初期量産型。
      武装は12.7mm機銃×2挺、7.7mm機銃×2挺。

    • 三式戦一型乙(キ61-飢機法
      7.7mm銃を12.7mm銃に換装した武装強化型。
      また、生産開始後には防弾鋼板の追加、胴体内タンク廃止、翼内タンクの防弾等が行われている。

    • 三式戦一型丙(キ61-喫此法
      翼内機銃をマウザー製20mm機関砲(MG151/20?)に換装し、20mm砲×2門、12.7mm銃×2挺とした型。
      主翼から砲身が飛び出しているのが外見の特徴。
      重量増加により、運動性は低下したものの、火力の向上により搭乗員の評判は良かった。
      初期装備型と現地換装型の2種類が存在する。

    • 三式戦一型丁(キ61-誼):
      マウザー砲弾の在庫がなくなり、代わりに国産の20mm砲(ホ5?)を搭載した最多生産型。
      機首の延長や機首上面外板を信管過敏による機関砲弾の暴発対策で厚いものに変更を行ったほか、機体重心が前進したため後部にバラストを搭載している。
      しかし、改造による重量の増加により飛行性能全般が弱体化した。

  • キ61-:
    エンジンを"ハ140"(1,500馬力)に換装し、各部を改設計した試作機。
    キ61-恐への移行により8機のみ生産。

  • 三式戦二型(キ61-恐):
    ハ140を搭載しつつも、一型丁の主翼を装備、尾翼を再設計した機体。急降下性能向上。
    機体は374機生産されたが、エンジンの生産が間に合わずに99機のみ完成した。
    風防形状にファストバック型とバブルキャノピー型がある。

  • 三式戦三型(キ61-掘法
    改良型提案。原型1機のみ製作。

  • 五式戦一型(キ100-機法
    三式戦二型のエンジンハ112-供紛眄穎仔鷏拭?空冷星型複列14気筒に換装した機体。
    直径の大きな星型空冷エンジンを装備したことで空気抵抗が増加、同等の馬力を発揮するエンジンながら最高速度が低下した。
    しかし、機体重量が軽減されて運動性能が向上、扱いやすい空冷エンジン化により整備性、信頼性が向上し、搭乗員、整備員から高く評価された。
    原型機と同様、風防形状が二種類ある。生産数は393機。

  • 五式戦二型(キ100-供法
    エンジンを排気タービン式過給器付きハ112-競襦紛眄穎仔鷏織襦?に換装した試作機。
    高高度性能が大幅に向上した。
    最高速度は8000mで590km/h。

*1 余談だが、海軍と陸軍はDB601をそれぞれ個別の企業にコピーさせたため、それぞれの互換性はなかった。彗星の項目参照。
*2 当時の公文書上で、五式戦闘機と呼ばれたことは一度もない。

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