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【徴兵制】 †
「国民は外敵から国を守る義務を負う」という主張に基づき、一定の年齢に達した自国の国民を軍隊へ強制的に徴集して数年間の軍役に服させる制度。
徴兵の拒否は重大な違法行為となり、軍隊における脱走や敵前逃亡に準じて、命令不服従、脱走罪、敵前逃亡罪として、その国の刑法に定めた最高の刑罰(死刑・終身刑)に処する国家もある。
現代では、当人が希望すれば兵役の代替として公共に益する労役(介護や清掃、消防活動など)に従事する「良心的兵役忌避」を認める国も多い。
一般的に、徴兵制のある国では対象者は事前に「兵役検査」を受けて来歴、身体能力、健康状態をチェックされ、兵としての任に耐えない(あるいは兵士にするよりも他の訓練や職業に就かせた方が良いか、強制収容所に隔離した方が良い)と判断されると入営の対象から外される*1。同様の理由から女性も入営の対象とならない場合が多い。
そしてこの検査に合格すると数年間(概ね1〜3年間)軍務に服役、期間満了後も一定の年齢に達するまでは「予備役」「後備役」(いわゆる「在郷軍人」)として、いつでも軍隊に復帰できるよう待機することを義務付けられる(このことによって、軍は長期の戦争における戦死傷者の補充要員を確保できるのである)。
なお、国によっては政府が作成する「候補者名簿」への登録手続が義務化され、その名簿から呼び出しを受けて入営する、という国もある。
アメリカでは"Selective Service System"としてこの方式を採用しており、国防総省?で徴兵対象者(米国籍、もしくは永住権を持つ外国人の18〜25歳までの男性)の名簿を作成している。
ただし、1973年に徴兵制自体の運用を停止しており、現在はこの名簿を使用することはなくなっている。
徴兵制を敷く国家でも、本人の自由意志による志願入隊は可能なのが普通。特に高度な専門技術が要求される海軍や空軍はおおむね志願兵のみで充足する。
関連:赤紙 良心的兵役忌避
戦略的意義 †
現代における徴兵制の萌芽は、1800年前後のフランスにおいてナポレオンにより確立されたものとされる。
それまでの軍制は、中世の封建時代以来、王侯貴族や寺院・教会などといった特権階級が各自で集めてきた民兵や傭兵を束ねて戦争に投入する方式が主体であった(この点は、中央集権の進んだ絶対王政国家においても基本的に変わらなかった)。
徴兵制で集められた兵士は、それら旧来の制度で集めた兵に対して取り立てて士気が高いわけではなく、訓練が行き届いているわけでもなく、むしろ弱兵と呼んで良いものであった。
しかし徴兵制には
「常時一定数の戦力を維持できる」
「損耗からの回復が早い」
「高級軍人になっても政治的後ろ盾を得られない――反逆や参戦拒否や他国への内応が困難である」
などの利点があり、これによって民兵や傭兵には絶対に許容できないような多大な損害を伴う強襲作戦を可能にした*2。
この戦略的利点は他の制度では決して対抗できないものであったため、近代に至るまでに世界各国が徴兵制を推進していった。
(この裏で、旧来の民兵や傭兵を擁して封建制や絶対王政を支持する諸勢力と中央政府の紛争も頻発しているが、どの国でも、これらの在来勢力が最終的な勝利を得ることはなかった。)
とはいえ、軍人の専門職化が進んだ現在では職業軍人でなければ十分な訓練を行うことが難しくなってしまい、また、単純な兵士数の多寡が必ずしも勝敗を左右しない低強度紛争の脅威が増大していること、大量破壊兵器の登場と相互確証破壊理論の確立によって長期間にわたる全面戦争が起きにくくなっているなど、時代の要求に即した制度とは言い難い面が多くなっている。
加えて、徴兵の対象となる10代末期〜20代前半の世代は、人間の生物学的能力(身体能力・知的能力)の成長がピークを迎える時期でもある。
そうした世代の若者を、政府が組織的・網羅的に非生産的活動へ送り込んでしまうことで彼らの学究・技能キャリアを断絶させ、社会全体の生産力を低下させ、人件費の上昇と税収の損失を招くなどといった弊害を引き起こし、長期的に見ると国力を疲弊させる原因ともなっていると指摘されている。
このため、先進国を中心に
「良心的兵役忌避の合法化・兵役代替措置の創設」
「徴兵免除となる対象の拡大」
「服役義務年限の短縮」
などの措置を取って運用を縮小したり、制度自体を廃止・停止する国が増えている。*3
主要各国における徴兵制の現状 †
日本外務省やアメリカ合衆国中央情報局(CIA)の発表資料などによると、現在、世界で軍隊(またはこれに類する国防のための武装組織)を持つ約170の国家のうち、徴兵制を採用しているのは67ヶ国、とされている。
以下に、主要国における徴兵制の採用・不採用をまとめた。
- 徴兵制非施行国
日本・イギリス・カナダ・オーストラリア・フランス・イタリア・スペイン・ポルトガル・ベルギー・サウジアラビア・ヨルダン・パキスタン・バングラデシュ・アイルランド・ニュージーランド・アイスランド・インド・赤道ギニア・アルゼンチン・コスタリカ・チェコスロバキア・ハンガリー・ニカラグア・ルーマニア・スウェーデン*4など- 歴史上、一度も徴兵制を施行したことがない国
ニュージーランド・アイスランド・インド - 軍隊を保有していない国
アイスランド・コスタリカ*5など
- 歴史上、一度も徴兵制を施行したことがない国
- 徴兵制施行国
ドイツ・デンマーク・フィンランド・ノルウェー・スイス・ロシア・韓国・北朝鮮・イスラエル・トルコ・台湾・エジプト・マレーシア・シンガポール・ポーランド・カンボジア・ベトナム・タイ・アルジェリア・キューバ・ギリシャなど
現在の日本における「徴兵賛美・復活待望論」 †
上記のとおり、日本では現在徴兵制は行われていないが、近年、保守派の政治家・知識人・文化人などの一部から(たいていは、発言者の「主観」と「個人的見解」に基づき語られるが)徴兵制を賛美し、または将来における復活を望む旨の主張が出てきている。
ただしこれらは、以下に述べるような理由から強い批判に晒されており、支持者はごく少数にとどまっているのが現状である。
- ほとんどの発言者が「仮に今後、徴兵制が再施行されたとしても徴集の対象になりにくい」人物であり、発言者自身は徴集されないことが容易に予想されること。
発言者のほとんどが、30代以上の中高齢男性や女性、(職業属性上では)政治家・知識人・文化人などであり、当事者としての視点が欠落している、とされる。
- 軍隊と教育機関を混同して考えている*13など、本来の趣旨とはかけ離れた観点からの主張がほとんどであること。
概ねこれらは
「軟弱な若者を兵舎での軍事教練と規律ある共同生活で鍛え、『国家・社会への忠誠心』『強靭な肉体と精神』『協調性』『高い規範意識』などを持った強い国民にすべし」
という趣旨からなされているが、中には「(少子高齢化緩和の観点から)男性を『男らしく』するための精神・肉体の鍛錬に必要である」というものもある。*14
なお、現在の日本では内閣法制局が「徴兵・兵役は日本国憲法で禁じられている『意に反する苦役』にあたり違憲」との見解を出している。*15
更に防衛省・自衛隊においても、自衛官の募集・採用にあたっては分野に応じた多数のコースを設定し、各コースごとに志願者の中から能力・適性のある者を選抜して採用する指針を取っているが、その競争率は、最も低い「任期制2等陸海空士」コースでさえ3倍前後、防衛大学校の一般入試枠では最高で80倍前後と、合格者よりも不合格者の方が圧倒的に多いため、予測可能な将来の範囲内で、憲法を改正しない限り徴兵制が採用される可能性は皆無に近いといわれている。
*1 この選定基準は必然的に「大地主・政治家・高級官僚・学者のドラ息子は戦争に行かなくてもよいのに、一般庶民の息子はどこかの奥地で一巻の終わりになってしまう」というような情勢を作り出すため、恣意的な人種差別・階級差別であるとする批判が根強い。
*2 裏を返せば死傷する兵士の数が激増したことも意味するし、そうと気づいた所で参戦を拒否できなくなったということでもある。
*3 ただし、そうした国でも有事には政府が迅速に制度を復活できるような法的オプションを残している場合がある。
*4 2010年7月1日に徴兵を廃止。
*5 ただし、憲法上では政府に軍の再結成権を認めている。
*6 女性の兵役期間は男性よりも短い。
*7 実際には女性に対して軍事教練は行われない。
*8 今後、10年以内に廃止するとの方針を示している。
*9 産業機能要員や専門研究要員、義務消防、義務警察など軍隊以外での勤務により兵役を4週間に短縮する一種の「代替役務」が存在するが、ドイツや台湾などと異なり、一定の資格取得や指定された防衛関連産業への就職・3年間の勤務が求められるなど条件が厳しく、良心的兵役拒否を希望しても無条件で代替役務が認められるものではない。
*10 1973年に運用停止。
*11 法制度としては存在するが、志願者だけで定員が充足されるので事実上運用停止となっている。
*12 国内事情により実質運用停止中。ただし、義務教育における軍事教練は行われている。
*13 事実、自衛隊でも隊内の強ストレス環境下での生活が原因の精神疾患や、隊員の自殺・犯罪などが多く報告されており、むしろ教育上逆効果との批判もある。
*14 これは、徴兵制施行国では兵役の対象が概ね男性のみになっていることに着目し、兵役によって男性の性的魅力を高めることで「婚姻率の増加と初婚平均年齢の引き下げ」を図ろうというものである。
しかし、現実には徴兵制施行国では兵役がむしろ婚姻の阻害要素になってしまっているという。
*15 日本国憲法第18条:何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。