Last-modified: 2015-06-08 (月) 14:19:35 (896d)

【開戦事由】(かいせんじゆう)

Casus belli (ラテン).

能動的な宣戦布告に際して宣言される*1軍事的決断の法的・政治的根拠。
自国や同盟国が攻撃・脅迫を受けた際の応戦は「条約該当事由(Casus foederis)」として開戦事由とは区別される。

現在の国際法において、正当な開戦事由と認められる根拠は以下の三つのみとされている。

法と政治の問題が常にそうであるように、開戦事由が「正当」なものであるかについては常に疑問の余地がある。
宣言される公式な開戦事由と、その背景にある「戦争を決断する本当の理由」が食い違っている場合も多い。

開戦事由と「報復」

報復は正当な開戦事由ではない。
現代的にもそうだが、古代においてもおおむね、報復目的での戦争は諫めるべきものだった。

そもそも軍事には莫大なコストが必要である。
それも、紛争が発生して戦っている時の方が、抑止力として待機する場合よりもコストが多い。
勝利した場合でさえ、その結果得るものが喪われた血と鉄に見合うほど多いとは限らない。
実際に戦うとなれば敗北する危険性もまた捨てきれず、敗戦がもたらす不利益については語るに及ばない。

ゆえに、功利主義に則って考える限り、報復や復讐を目的として戦うのは「悪」である。
なんとなれば、勝とうが負けようが利得になるところがなく、敵味方の全てに損失を強要する行いだからだ。

とはいえ、人間はそのように透徹した視点から冷静な判断を下せるものとは限らない。
そして現実問題として、虐げられた人間がそこにいる時、大衆は深く考えもせず報復を望む傾向にある。
人間が報復を望むのは本能や生理反応によるところが多く、その感情を政治的に調律するのは難しい。

そもそも政治を執り行う諸官もまた人間であるのだから、国益に適う理性的判断を常に望めるものではない。
派閥力学や宗教・思想上の規範などに影響され、報復などの支離滅裂な開戦事由で紛争に至った事例も珍しくない。

なお、「報復」を目的とする開戦は、基本的には後述の「ジェノサイド」の意図があるものと解釈される。
常識的に考えて、また実務的に考えても、定量の報復を行うだけで事が済むはずはない。
報復戦争という事態に至ってから国益を考える場合、報復対象を絶滅させないと採算が合わないのだ。

歴史的経緯と分類

「戦争には国際的に通じる大義名分が必要である」という観念が国際的に定着した経緯について、学術上の定説はない。
しかし一般に、それは17世紀以降、社会契約や国家主権に関わる諸概念が哲学的整理を終えた後の事だとみなされている。

それ以前の歴史において(もちろんそれ以後もだが)、開戦事由に関する主張はおおむね利権に関する主張である。
開戦事由は敵国に対して宣告するためというより、国内に対して、戦争を遂行する事で何の利益があるかを説明するものである。
古来、戦争で必要な勢力は国内各地の領主から供出されるもので、領主達にはその兵力と戦績に応じた対価を保証しなければならなかった。
徴兵制以降の国家総力戦においても、大衆や国内企業、政党諸派に対して戦争の利益を説明する必要があった。

現代において「戦争で得る利益」に直接言及するのは不作法であり、特定の企業に対する依怙贔屓であるとみなされる。
しかしそれは国益として得られた利益が民間に還元する際の問題であって、国内に利する所がないのならそもそも紛争は起こり得ない。

歴史的に、戦争して求めるに足る「利権」として開戦事由の根拠となったのは以下のような要素である。

盗賊行為
どこでも良いから適当な集落を襲い、金品財宝や貯蔵食糧を奪い、現地住民を奴隷として誘拐する事による利益。
これを開戦事由に含めてよいものかという議論はともかく、これを理由として紛争が起こる事は確かにあり得る。
生存圏の確保
小川や井戸水の使用権から穀倉地帯や油田に至るまで、国家国民が存命であるために必要な資源を確保するという利益。
領土の奪還
何らかの理由(大抵は過去の敗戦)で失われた領土を自国の支配下に奪還する事による利益。
借款の回収
他国が借金返済や賠償金の支払などを拒否した際、武力をもってこれを徴収する事で確保される利益。
干渉の排除
敵国の恫喝やスパイ活動などを排除し、その悪影響を除去する事で確保される利益。
不義への制裁
他国と結んだ条約が反故にされたり無視された時、それに対して制裁を加え、服従や賠償を強要する事で確保される利益。
淫祠邪教の粛清
他国に、または国内に広まっている新興宗教や異国由来宗教を排除する事で確保される既存の宗教集団の利益。
名誉の回復
自国が侮辱を受けた事を理由に『謝罪と賠償』を要求し、武力に訴え、流血によって名誉を回復する事で得る利益。
現代社会を基準にすると理解に苦しむものだが、19世紀以前において「相手の国益を損なうほど公然の侮辱」は珍しいものではなかった。
国境紛争
領土の境界線上で軍事的緊張が高まっている時、「敵国を追放して国境を開放する」事で得る利益。
ジェノサイド
国内ないし隣国の内部に存在する不穏分子を抹殺する事による利益。
これを目的としたテロリズムは国連の「ジェノサイド条約」によって明示的に禁止されている。
とはいえ、第二次世界大戦以前の世界においては多発した開戦事由である。
帝国主義
体制そのものを国家総力戦を前提として構築し、需要を作るための消費活動として戦争を企図するもの。
自国が軍事的弱者である事はそれ自体が国益を損なうと考え、軍隊の相対的増強を国益とみなす。
とはいえ軍事ケインズ主義的な発想は実態に即しておらず、実際の利益は敗戦国からの搾取で賄われた。

*1 過去の出来事を正当化するために後から遡及して宣言する事も可能ではあるが、それは普通、失笑や非難をもって受け止められる。

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