【強姦】(ごうかん)

性的交渉を目的として暴力的脅迫を行う事。
あるいは性的感情の表現として破壊的暴力を振るう事。

これが唾棄すべき邪悪な行為である事について議論の余地はない。
そしてこの邪悪な暴力的行為が最も頻発するのは、暴力の巷となった紛争地帯である。

軍事に携わるにあって、兵士が強姦に及ぶという事態を憂慮せずにいるべきではない。
そして実際、戦場における性的暴行を防ぐには強烈な予防的措置を常に執らなければならない。

生物学的側面

人間の男性は、状況次第で強姦に及ぶような行動の因子を遺伝的に保持していると推定されている。
多くの動物で、それこそ昆虫にあってさえ、繁殖のために強姦を行う個体の存在が確認されている。

性的接触の目的は遺伝子を次代に遺す事であり、強姦も基本的にこの目的による。

遺伝子の生存戦略として見た場合、強姦は明らかに最適解ではない。
強姦で生まれた子が無事に成長できる確率は、求愛と同意を経た子よりも明らかに低い。
母親は望まぬ子の育児を放棄したり、怒りにまかせて我が子を殴り殺したりするからだ。

とはいえ、繁殖期の求愛行動が報われる個体はあまり多くはない。
雌は可能な限り優れた雄の遺伝子を望む傾向にあり、その場合の判断基準は種族全体でほぼ同一である。
結果、近隣でも特に優れた少数の雄の求愛だけが受け入れられ、大多数の雄はすげなく拒否される。
そして雄がそのような状況下にあってなお子孫を残す事を望む場合、取り得る手段は一つしかない。

こうした生物学的特性が人類に対してどの程度の影響力を保持しているのかは諸説あって定かでない。
しかし人間の男性は性的欲求を抱えており、その欲求がしばしば攻撃的な表現を取る事は否定しがたい。
もちろん、人間がその欲求を制御する理性を持つ事も確定的な事実であり、強姦は明白に不徳である。

社会学的側面

人類を始め、群れを形成して高度な社会生活を営む種族では、強姦を防ぐ防衛機構が形成されている。

恵まれない雄がどこかの群れの雌を強姦しようとした場合、その雄はすぐさま危難に直面する。
雌の助けを呼ぶ声を聞いた「亭主」が駆けつけ、間男を叩きのめして追い払うからだ。

これは実際、性的暴行に対する抑止力としては人間社会でも一般的なものである。
妻や娘を強姦しようとする不埒な男が現れたなら、夫や父親が体を張って家族を守る、というわけだ。

人間の場合、男達が高度な社会的連携を持つ事によってさらに強力な抑止力を得ている。
ある女性を強姦しようとした男は、そのうち他の女性も強姦しようとするに違いない。
よって、ある男が強姦魔であると認定された瞬間、その男は全ての結婚した男、結婚を願う男の敵になる。
かくして愚かな強姦魔は村中の男達に追い回され、血祭りに上げられ、死体を柱に吊される。

このやり方は常に上手く回るわけではないが、人類はこの方式以外に有効な強姦防止策を未だ持ち得ていない。
このため、そうした方策を採る場合の根源的な問題については未だ解決を得ていない。
つまり……強姦魔の方が強く、叩きのめされた亭主が倒れ伏して泣きわめき始めたら雌はどうなるのか。
あるいは、男が30人しかいない集落に300人の戦士が一斉に押し寄せてきたら妻達、娘達はどうなるのか。

紛争地帯で歩兵突撃に遭遇してしまった家族を襲う運命は、おおむねそういうものである。

軍隊における性的な統制

実際の所、人類史の大半を通じて、戦争における強姦は規制されるどころか奨励されていた。
古代、兵士達に与える報償として結婚する権利、そして結婚相手を与えるのはかなり一般的なやり方であったようだ。
独身の若者達の不満を鎮めるため、結婚相手を誘拐する目的で近隣に攻め込むような事も多々あった。
聖書の中にも略殺・虐殺・強姦を肯定する記述が見られる*1

とはいえ、近代の国家総力戦ではそうした悪習は大いに変質した。
倫理観の発達もあるが、兵站上の理由から女をさらって家に持ち帰るのが不可能になったからだ。

近代戦争における強姦は、部隊内の交流の道具として非公式に利用される向きが大きい。
単に性欲を満たすのではなく、力強さを誇示し、発言権と連帯を強化するのである。
兵士達は性的拷問を行いながらも軍隊的秩序を乱さず、順番を譲り合い、笑いながら仲良く「娯楽」を共有するという。

戦場の興奮が過ぎ去った後、そうした記憶は恥辱と後悔を伴うものになるようだ。
兵士達は罪の意識を感じ、恥じ入る。それゆえに強姦については沈黙され、隠され、記録されない。
また、不祥事を嫌う司令部も被害者達を押し込め、脅迫し、証拠隠滅に関与する傾向にある。
これは紛れもなく戦争犯罪だが、当時国の一方だけが加害者である事は希であるため、責任が追及される事は少ない。

現代、多くの軍隊は、少なくとも表面上は、こうした戦場でのおぞましい陵辱を防ぐべく努力している。
しかし、その成果については疑問の余地もあり、兵士の性的暴力を防ぐ手立ては十分とは言い難い。
そもそも、兵士達の不貞を防ぐ努力には甚大なコストを要し、そして軍隊が運用できるコストには限りがある。
限られたコストを「自分達の生命」と「敵国の婦女の貞操」のどちらに費やすかとなれば、誰でも前者を選ぶ。
一部の先進国はともかく、ほとんどの紛争当時国は兵士に貞節を求めるほどの余裕を持ち合わせていない。


*1 旧約聖書 民数記 31章

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