*&ruby(はちのへこうくうきち){【八戸航空基地】}; [#qfce5599]
JMSDF Hachinohe Air Base.~
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青森県八戸市に所在する、[[防衛省]]所管の軍用[[飛行場]]。「八戸飛行場」とも。~
[[海上自衛隊]]第2航空群が駐留し、[[P-3C>P-3]][[哨戒機]]により日本の北部海域の警戒監視にあたっている。~
>[[固定翼機]]の[[離>離陸]][[着陸]]が可能な海上自衛隊の航空基地としては日本最北端にあり、冬季にはオホーツク海域で流氷観測も行っている。

また、[[陸上自衛隊]][[第9師団>第9師団(自衛隊)]]隷下の「第9飛行隊」も近隣に駐留しており、[[ICAO>国際民間航空機関]]空港コードも同一となっているが、実際は別々に運用されており、[[滑走路]]も別個に設けられている。~
すぐ近くに[[在日米軍>在日アメリカ軍]]と[[航空自衛隊]]が共用している[[三沢飛行場]]があり、時折、米軍機が天候不順・故障・[[燃料]]不足・三沢飛行場の混雑などの理由により本基地に[[緊急着陸>ダイバート]]することがある。~
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2022年10月からは[[海上保安庁]]が本基地を拠点に大型[[無人航空機>無人機]]「[[シーガーディアン>RQ-1]]」の運用を開始した。~
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なお、現在の本基地は軍用飛行場であるが、1965〜1975年までの間は軍民共用飛行場として用いられ((これは、[[三沢飛行場]]での民間機共用が米軍の保安上の理由から中止されたためであった。))、[[東亜国内航空>日本エアシステム]]が[[羽田空港>東京国際空港]]-八戸空港-[[丘珠空港>札幌飛行場]]線を運行していた。~

**略史 [#n2244230]
本飛行場の歴史は、[[第二次世界大戦]]直前の1941年1月、[[日本陸軍>日本軍]]により設置された飛行場に始まる。~
戦時中は主に[[航空要員>エビエーター]]の養成に用いられていたが、1945年の終戦により[[連合軍>連合国(第二次世界大戦)]]に接収される。~
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1950年に一部が返還され、[[警察予備隊]]の八戸駐屯地が設置。~
1956年に全面返還され、[[陸上自衛隊]]八戸駐屯地及び[[海上自衛隊]]の八戸基地が設置される。~
1965年には前述のとおり軍民共用化され、東亜国内航空の路線が開設されるが、1975年に共用運用が終了し、陸上自衛隊及び海上自衛隊の軍用飛行場として現在に至っている。~

**空港情報 [#za506701]
|種別|軍用|
|[[滑走路]]|2,250×45(07/25)|
|[[ILS>計器着陸装置]]|n/a|
|3レターコード|HHE|
|4レターコード|RJSH|
|設置・管理者|[[防衛省]]([[海上自衛隊]])|

**配置部隊 [#u4a7aa79]
***航空集団隷下 [#x7f76c9d]
-第2航空群
--第2航空隊:[[P-3C>P-3]]を配備
--第2整備補給隊
--八戸航空基地隊
-第2航空修理隊
-[[機動施設隊>工兵]]
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***防衛大臣直轄 [#lcae1acb]
-システム通信隊群
--大湊システム通信隊
---八戸システム通信分遣隊~
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