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【徴兵制】 †
憲法や法律によって国民に外敵から国を守る義務を科す事。
また、その法令に基づいて自国民を軍隊へ強制的に徴集し、数年間の軍務(兵役)に服させる制度。
兵役拒否は犯罪であり、軍隊における脱走・敵前逃亡に準じて重罰に処される。
命令不服従、脱走、敵前逃亡はそれ自体で重罪であり、死刑・終身刑に処される事も珍しくない。
思想的・宗教的理由での拒否は特に罰則が重く、属する思想・宗教集団自体が利敵行為への加担を疑われることにもなる。
戦時でない場合、公共に益する労役(介護や清掃、消防活動など)に従事することを条件として兵役拒否を認める「良心的兵役忌避」の制度を運用する国家もある。
徴兵制を敷く国家でも、本人の自由意志による志願入隊は可能なのが普通。
特に高度な専門技術が要求される海軍や空軍、また士官学校の卒業を前提とする幹部候補生はおおむね職業軍人のみで充足する。
関連:赤紙 良心的兵役忌避
基本的な制度運用 †
徴兵制を採用する国家では、特定の年齢に達した若者を対象とした「兵役検査」が実施される。
だが、全ての国民が軍事訓練を受けて武装するわけではなく、兵士として不適格な者は徴兵を免除される。
詳細な徴兵免除の基準は国や軍隊によって様々だが、おおむね以下の通り。
- 兵としての任に支障をきたすような持病、身体的障害、器質的疾患*1
- 女性*2
- 最高学府の学生、官僚、工業専門技術者など、国家戦略上きわめて有為な人材*3
- 犯罪歴・敵国への渡航歴・スパイ容疑など、兵士としての忠誠に多大な疑問を生じさせるような来歴
- 指名手配された犯罪容疑者、または収監中の服役囚
- 国家中枢と異なる氏族集団・民族・宗教に属する者。*4
※植民地・海外領土における先住民族も含まれる。*5*6 - 合法的な制度に基づいて正式に申請された良心的兵役忌避
- 抽選*7。
※兵站上の問題があるため、多くの国家は適格者から特に選別された者だけを徴兵する。 - 理由は不明瞭だがとにかく検査官の判断で不合格
- 人目を盗んで検査官にいくばくかの金を手渡した者
徴兵の対象となった者は、数年間(概ね1〜3年ほど)の軍歴を経て社会に復帰する。
この軍歴は基本的に訓練期間であり、発展途上国では職業訓練をうけながら社会的信用を獲得する手段*8として重宝される向きもある。
そして、軍歴を終えて社会復帰した後も、軍務に従事することが難しい年齢になるまでは予備役(在郷軍人)として、いつでも軍隊に復帰できるよう待機する事を義務付けられる。
こうした予備役は国家総力戦に突入した場合や、何らかの理由で局地的な人員不足が発生した際の補充要員として確保されている。
なお、国によっては政府が作成する「候補者名簿」への登録手続が義務化され、その名簿から呼び出しを受けて入営する、という国もある。
アメリカでは"Selective Service System"としてこの方式を採用しており、国防総省?で対象者(米国籍、または米国永住権を持つ18〜25歳までの男性)の名簿を作成している。
ただし、1973年に徴兵制自体の運用を停止しており、現在はこの名簿を使用することはなくなっている。
戦略的意義 †
現代における徴兵制の萌芽は、1800年前後のフランスにおいて、ナポレオンによって確立されたものとされる。
中世の封建時代以来、兵士の主体は王侯貴族や寺院・教会など特権階級が各自で集めてきた民兵や傭兵であった。
徴兵制はそれら旧来の制度に比して士気が高いわけではなく、訓練が行き届いているわけでもなく、おおむね弱兵である。
一人一人の兵士の質が低いという問題は徴兵制の根本的欠陥であり、この点は現代に到るまでほとんど改善されていない。
徴兵制の価値は兵士の質ではなく、その潜在的な数と、運用の柔軟性である。
兵士として現実的に投入可能な人員の全てを実際に投入可能な体制を整えた事。
戦力化された一定数の兵士を常に国家の管理下に置く事で、損耗した兵士を素早く補充可能にした事。
特権階級から軍を編成する権利を没収し、軍人から反逆、参戦拒否、他国への内応を行う機会を奪った事。
そして全ての指揮系統を一手に集約させ、合理的に運用可能にした事――すなわち、国家総力戦を可能にした事。
徴兵制の歴史的意義はそのような形で司令部や参謀の効率に寄与するもので、兵士の能力や待遇に寄与するものではない。
事実、徴兵された兵士はしばしば(民兵や傭兵の運用とは比較にならないほど)多大な損害を伴う強襲作戦に投入された。
民兵や傭兵にはそのような作戦を実行できない、という事実が極めて重大な戦略的利点であったためである。
この利点は他の制度では決して対抗できないものであったため、近代に至るまでに世界各国が徴兵制を推進していく道を辿る事となる。
民兵・傭兵を招集する権利を巡っての紛争は頻発したが、在来勢力が徴兵制の軍を打倒して最終的な勢力を得る事はなかった。
徴兵制の問題点 †
徴兵制の最大の問題は、徴兵を前提とする戦略が本質的に人海戦術であり、数多くの兵士が単に「死ぬため」に動員されるという点にある。
今日までの戦争の大半はそれ以外に選択の余地がないものであったが、今日においてはその前提が崩れつつある。
さまざまな装備品が機械化・自動化され、兵站が複雑怪奇を極め、軍人の専門職化が進んだ現在、兵士の物理的な数は国家総力戦における継戦能力にほとんど寄与しなくなってしまっている。
更に「不整地や市街地などにて繰り広げられるゲリラ戦」「スパイの情報戦に比重が置かれる対テロ戦」「大量破壊兵器(とりわけ核兵器)による(相互)確証破壊」など、単純に兵士を増員しても意味が無い戦争形態も存在する。
今日の戦争で求められるのは「長年にわたり、高度な研鑽を積んできた専門家の集団」であり、「利発な若者の隊列」ではない。
また、前述のように「一人一人の兵士の質がどうしても低くなる」ということも問題である。
徴兵で軍に招集されることは、大多数の人にとって「不本意に自由と未来の選択を奪われた」状態であり、徴兵によって兵になった(させられた)者は、自ら志願して軍に入隊する者に比べて士気が低い傾向があると言われる。
当然、無理やり戦場に連れてこられた兵士ではまともな戦闘など出来るはずもなく、結果として軍事力の衰退(予算削減など、平時から目に見える衰退ではなく有事の際に露呈する)に繋がりかねない、という意見もある。
加えて、徴兵を行う事が国家経済に及ぼす悪影響も指摘されている。
徴兵対象となる10代末期〜20代前半は人間の生物学的な成長がピークを迎え、肉体的にも精神的にも活気に満ちた時期である。
だからこそ、(人海戦術の構成要員ともなる)兵士としてその世代が最適であったのだが、若者の活力を必要としているのはあらゆる産業、あらゆる学問に共通である。
政府が将来有望な若者を網羅的に徴用して非生産活動に送り込めば、その分だけ若者の未来が閉ざされ、失われた人材の分だけ各種産業の生産能力も低下する。
新兵の教練過程は強烈なストレスを伴うため、戦時でなくとも戦争神経症をはじめとする精神疾患、自殺、犯罪への影響を無視できない。
それらは巡り巡って人口の減少、人件費の高騰、税収の減少を招き、国力を疲弊させる結果へと繋がっていくものと推定されている。
こうした問題から、徴兵制を段階的に縮小*9したり、完全に廃止して職業軍人のみの軍隊に移行する国々*10も少なくない。
また、こうした欠点を解消するために、外国籍の人間を正規軍将兵として雇い入れる「外人部隊」制度を取り入れたり、民間軍事会社のサービスを利用する国も一部にある。
主要各国における徴兵制の現状 †
現在、世界で軍隊に類する武装組織を持つ約170の国家のうち、徴兵制を採用しているのは67ヶ国とされている。
以下に、主要国における徴兵制の採用・不採用をまとめた。
国名 | 徴兵制の有無 | 良心的兵役忌避の可否 | 特記事項 |
アイスランド共和国 | 軍隊を持たないと自称 | 必要なし | 徴兵制を施行した事がない |
アイルランド共和国 | 不採用 | 必要なし | |
アルゼンチン共和国 | 不採用 | 必要なし | |
アメリカ合衆国 | 採用。ただし運用停止 | できる | |
イスラエル国 | 採用 | 女性のみ可 | 女性も徴兵対象。 ただし兵役期間は男性より短い*11。 |
イタリア共和国 | 不採用 | 必要なし | |
インド | 不採用 | 必要なし | 徴兵制を施行した事がない |
スペイン | 不採用 | 必要なし | |
オーストラリア連邦 | 不採用 | 必要なし | |
カナダ | 不採用 | 必要なし | |
ギリシャ共和国 | 採用 | できる | |
グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国 | 不採用 | 必要なし | |
コスタリカ共和国 | 軍隊を持たないと自称 | 必要なし | |
サウジアラビア王国 | 不採用 | 必要なし | |
シンガポール共和国 | 採用 | できない | 徴兵は各種公共機関と共同。軍以外に配属される人員も多い*12 |
赤道ギニア共和国 | 不採用 | 必要なし | |
スイス連邦 | 採用 | できる | |
スウェーデン王国 | 不採用 | 必要なし | 2010年7月1日に徴兵制を廃止 |
タイ王国 | 採用 | できない | |
大韓民国 | 採用 | できない | |
中華人民共和国 | 採用。ただし運用停止 | できない | |
中華民国(台湾) | 採用 | できる | 徴兵制の廃止を検討中 |
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮) | 採用 | できない | |
デンマーク王国 | 採用 | できる | |
ドイツ連邦共和国 | 採用 | できる | 2011年7月1日に廃止予定 |
トルコ共和国 | 採用 | できない | |
ニカラグア共和国 | 不採用 | 必要なし | |
日本国 | 軍隊を持たないと自称 | 必要なし | 憲法で徴兵を禁じている*13 |
ニュージーランド | 不採用 | 必要なし | 徴兵制を施行した事がない |
ノルウェー王国 | 採用 | できる | |
パキスタン・イスラム共和国 | 不採用 | 必要なし | |
ハンガリー共和国 | 不採用 | 必要なし | |
バングラデシュ人民共和国 | 不採用 | 必要なし | |
フィンランド共和国 | 採用 | できる | |
フランス共和国 | 不採用 | 必要なし | |
ベルギー王国 | 不採用 | 必要なし | |
ポルトガル共和国 | 不採用 | 必要なし | |
マレーシア | 採用 | できない | 実質は志願制だが、形式的に徴兵を行う*14。 女性も徴兵対象 |
ミャンマー連邦 | 採用。ただし運用停止 | 不明 | 義務教育世代を対象とした軍事教練は存続 |
ヨルダン・ハシミテ王国 | 不採用 | 必要なし | |
ロシア連邦 | 採用 | できる | |
ルーマニア | 不採用 | 必要なし |
*1 このため、兵役逃れの手段として意図的に体調を崩したり病気にかかったりすることもあるが、兵役検査での健康診断を担当する軍医に見破られて失敗するケースも多い。
*2 第二次世界大戦中、イギリス軍では女性に対しても徴兵が行われたが、その任務のほとんどは敵と直接接触しない兵站や看護業務であった。今でも、多くの先進国の軍隊では女性兵士は後方での任務か、前線に配備されても他の兵士の後ろで待機と言うことが殆ど。
*3 この選定基準は必然的に「エリートのドラ息子は戦争に行かなくてもよいのに、一般庶民の息子はどこかの奥地で一巻の終わりになってしまう」というような情勢を作り出すため、恣意的な人種差別・階級差別であるとする批判が根強い。
*4 戦時には隔離政策が採られ、強制収容所などに隔離される事が多い。
*5 ハーグ陸戦条約では、軍事占領地の住民に忠誠の宣誓を強制することを禁じており、占領地での兵員確保については「一定レベルの教育を受けている」「占領政策に協力的な民族や部族の成員である」ことなどを条件とした志願兵制によることが原則となっている。
*6 第二次世界大戦末期の日本軍では、海外領土であった台湾・朝鮮で現地人を対象とした徴兵を行ったことがあった。
ただし、このときに徴兵された現地人兵士は、実戦部隊に配備される前に終戦となったため戦闘には参加していない。
*7 戦前の日本では、平時に抽選に当たる確率は1/10〜1/4程度だったという。
*8 現代の日本では、一部の著名人がこれに近しい「教育的効果(兵舎での規律ある共同生活による精神・肉体の鍛錬やモラル・社会参加意識の醸成など)」を期待して徴兵制の復活を主張しているが、「本来の目的とかけ離れている」という強い批判があり、支持者はきわめて少ない。
*9 良心的兵役忌避を認める制度、徴兵免除の対象拡大、兵役期間の短縮など。
*10 ただし、そうした国でも政府が必要に応じ、迅速に制度を復活できるような法的オプションを設けている場合がある。
*11 満18歳で男子は3年、女子は1年9ヶ月。
*12 ただし、どこに配属されるかは自分の意思で選択できないため、軍隊に配属される可能性を確実には排除できない。
*13 日本国憲法第18条:何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
*14 「国民奉仕制度」と呼ばれる。抽選で選ばれた18歳の男女が国防省の管理下で6ヶ月間の共同生活を行う。