*&ruby(きへい){【騎兵】}; [#x7346058]
(英)Cavalry/Trooper~
戦場で動物に騎乗して戦闘行動を行う[[部隊]]。~
基本的に馬を用いるが、インド・地中海・東南アジアでは象を、北アフリカ・西アジアではラクダを用いた例がある。~
後述の通り、自動車の発達によって「動物に乗る」騎兵は廃れてしまったため、現代では「[[機動力]]・即応性にすぐれた[[部隊]]」を指す慣用表現として使われる事が多い。~

>騎兵から[[機械化]][[部隊]]へと再編された部隊は、以降も「騎兵」を名乗り続ける事がある(([[軍隊]]は多くの著名人と権力者を輩出する独自の文化集団でもあり、外部から思われている以上に歴史と伝統を重んじる。))。~
現代の騎兵隊は馬の代わりに[[戦車]]、[[歩兵戦闘車]]、[[ヘリコプター]]を用いるのである。

また、現在でもなお「国家の歴史・名誉・伝統を後世に継承する」という儀仗的な側面をもった乗馬部隊がいくつか残存している。((日本では警視庁(交通部第3方面交通機動隊隷下)、京都府警察本部(地域部隷下・愛称「平安騎馬隊」)及び皇宮警察に小規模な騎馬部隊がある。))~

**騎兵の利点と欠点 [#ec89d2c5]
騎兵を通常の[[歩兵]]と比較した場合、以下のような利点と欠点がある。

-利点
--[[歩兵]]では到底追いつけない速度と[[機動力]]を持つため、伝令や[[威力偵察]]に適する。~
人間の全力疾走は10〜20km/h前後であるが、馬は50〜60km/h前後で走る事ができる。
--その速度と[[機動力]]によって交戦した敵[[歩兵]]の[[撤退]]を阻止し、突撃や追撃の戦果を拡大する。
--馬上で見ているため視点が高く視野も広い。~
これは警戒や偵察を容易にし、戦場での迂回や包囲も助ける。
--コストが高く戦果も華々しい部隊であるため、[[兵站]]に際しての優先順位が高い。
--高度に訓練されるため総じて[[士気]]が高い。
--死んだ馬は糧食になる((平時に口減らしのために屠殺した老馬の肉は貴重な保存食であったし、最悪の事例では『死んだ人間も糧食になる』という事実から目を背ける時間稼ぎになった。))。

-欠点
--鎧や盾など防具を保持するのが極めて困難で、攻撃を受けると非常に脆い。~
--[[歩兵]]ほど器用に立ち回る事ができないため、立ち止まった[[歩兵]]と交戦するのは極めて不利。
--[[歩兵]]よりも物理的に大きいので、射撃が命中しやすい。また遮蔽を取って隠れる事もできない。
--山岳・森林・泥・[[バリケード>障害システム]]などに阻害されやすく、不利な環境での[[機動力]]は[[歩兵]]以下。~
待ち伏せを受けた際に弓兵や銃撃の[[キルゾーン>有効射程]]から離脱するのも極めて困難。
--遮蔽物を突破できないため、屋内戦や市街戦はほとんど不可能。~
そういう事態になったとき、兵士は下馬して徒歩で戦わざるを得なくなる。
--膨大な維持費と訓練時間が必要なため、多くの数を用意できず、損耗からの回復も遅い。~
馬1頭を養うために人間の兵士10人分に近い食料と水が必要で、なおかつ、馬と兵士の訓練(調教)にも年単位の練成が必要。~

**騎兵のバリエーション [#v653168c]
当然ながら騎兵も兵士の一種であり、時代や国情ごとに移り変わる戦術・戦略を反映して様々な編成、運用が成される。

: ''古代[[戦車]]・騎馬[[戦車]](チャリオット)'' |馬の背中に兵士が乗るのではなく、兵士と武装を搭載した台車を引き摺らせて移動するもの。~
通常2〜3人が搭乗、弓矢・矛・剣などで武装し集団突撃を行った。~
起源は古代エジプトまで遡り、後にローマや中国で大規模な戦車戦が展開された。~
平時には速さを競う競馬のような競技((現在でも類似の競技が競馬の種目「繋駕速歩」として多くの国で行われている。))があり、大変な人気があったという。~
~
2頭以上の馬を繋げられるため積載能力に優れ、落馬の危険も比較的少ない。~
これは古代世界において、他の騎兵のあらゆる利点をしのぐ甚大な利益であった。~
鞍も鐙もないため落馬事故が多発し、未発達な医療のため軍人が事故から復帰するのも絶望的であったからだ。~
~
反面、台車など重い荷物を運ばせるため馬の行動が大幅に制限され、[[機動力]]が比較的低い。~
当時の未熟な工学技術で作られた木製の車輪は壊れやすく、普通の騎兵以上に地形障害に甚大な影響を受けた。~
このため、馬に直接騎乗する弓騎兵を揃えた騎馬民族の出現によって急速に廃れていった。~
ただしその設計思想は馬車として残り、現代でも自動車や[[戦車]]へと受け継がれている。~
~
: ''軽騎兵・弓騎兵'' |[[機動力]]を重視した軽い装備で、[[白兵戦]]を避けて逃げ回りつつ弓、[[拳銃]]、[[カービン]]などで[[散兵戦]]を行う騎兵。~
多くは偵察部隊を兼ね、[[威力偵察]]や敵陣側面・後方への奇襲に用いられる事が多い。~
~
この行動方針は遊牧民族が平時に行う狩猟や牧畜と似通った面が多い。~
事実、遊牧民の弓騎兵は他の民族に比べても非常に練度が高かった。~
このため遊牧民は中世まで[[略奪を行う蛮族>傭兵]]として大いに軽蔑され、恐れられていた((厳密に言えば略奪を行う蛮族でない国民など[[常備軍>徴兵制]]が整備された国家にしか存在しない。&br;  ただ、遊牧民は強奪を行う手際が良く、よって生還率が高く、従って被害件数も多かった。))。

: ''重騎兵・槍騎兵'' |乗馬したまま敵陣に突撃して[[白兵戦]]を行う事を主任務とする騎兵。~
騎兵は攻撃を受けると脆いため、素早く敵陣を切り崩し、突破して走り去るのが基本戦術となる。~
このため、集団密集戦術が基本となり、[[散兵戦]]を行えないため射撃に対して非常に弱い。((弓矢への[[対応防御]]として人間と馬を鎧で覆う事もあったが、ただでさえ高価なコストが鎧によってさらに高騰するため実用的ではなかった。))~
このため、まず[[歩兵]]同士の交戦で敵陣を忙殺した後、隙の生じた箇所への“とどめの一撃”として突撃させる。~
~
[[歩兵]]用の武器は馬上ではろくに扱えないため、最長4m程度の騎兵槍が特別に用意された。((片手で持てる長さの刀剣類を馬上から振るって[[歩兵]]を殺すのはほぼ不可能に近い。&br;  騎兵がサーベル(刀)を保持する事は多いが、これは騎兵同士での接近戦と、徒歩でいる時の護身用である。))~
この騎兵槍は、[[火器>ガン]]が登場するまで、人間が保持できる最高の[[破壊力>デストラクションパワー]]を備えた兵器であり((馬の体重と速度が加わるため、人体が備えるよりも格段に多くの[[運動エネルギー]]が加わるためである。))、大きな盾を構えた重装歩兵も一撃で蹴散らせるため、実際の被害以上に[[士気]]への影響が大きかった。~
~
: ''[[騎士]](Knight)'' |中世の西欧諸国における独特の重騎兵。~
詳しくは該当項目を参照のこと。
~
: ''乗馬[[歩兵]]'' |長距離行軍での乗り物や荷役としてのみ馬を利用し、戦う時は徒歩で[[機動]]する[[歩兵]]。~
長弓兵や初期の銃兵(竜騎兵)など、訓練を要するが騎兵とは両立しない兵科でよく見られる。~
また、指揮官など自分自身の交戦を想定しない場合にもよく見られる。~
馬が直接戦闘に関与しないため、[[撤退]]時に奪われる可能性を除けば馬の生還率が高い。~
歴史上もっとも一般的な騎兵であり、馬が存在する地域であればどれほど騎馬戦術に疎い軍でも採用された。~
~
: ''馬車'' |数頭の馬に大きな車を曳かせるもの。要人、[[歩兵]]、[[兵站]]の輸送に特化している。~
物資を積載した場合は[[歩兵]]と大差ないほど[[機動力]]が落ちるため、基本的に戦場には投入しない。~
襲撃に際して馬車自体が戦う事は不可能なため、普通は護衛として[[歩兵]]・軽騎兵・乗馬歩兵を同道させる。~
古代ローマでは、馬車による連絡網を整備する目的で長大かつ頑丈な街道が各都市間に設けられていた。((後にこれは「すべての道はローマに通ず」という格言のもとになった。))~
~
: ''騎馬砲兵'' |乗馬歩兵の亜種。[[歩兵]]の代わりに[[野戦砲]]とそれを扱う砲兵を輸送する。~
[[野戦砲]]は陸戦最強の打撃力を備えた兵器であるが、[[機動力]]は絶望的に低い。~
これは攻勢においては深刻な弱点であり、頻繁な[[機動]]についていけず置き去りにされる砲兵も少なくなかった。~
しかし馬であれば戦場を縦横無尽に[[機動]]し、機敏に位置を変えつつ的確な砲撃を繰り返す事が可能になる。~
~
歴史上では、特にフランスのナポレオンが騎馬砲兵の運用に長け、「空飛ぶ砲兵」の異名で恐れられていた。~
ただし、騎兵の常として少数精鋭にならざるを得ず、全ての砲兵を騎馬砲兵として運用するのは不可能に近い。~
20世紀以降は軽量な[[迫撃砲]]、機敏な[[自走砲]]、文字通りの空飛ぶ砲兵たる[[爆撃機]]に継承されて発展的解消を遂げた。

**歴史的経緯 [#pef8188d]
人類が馬を家畜化したのは紀元前4000年ごろと言われており、騎兵という兵科もほぼ同時期に出現する。~
当初、馬の調達は困難であり、財力の象徴であった。~
必然、当時の騎兵隊は貴族を中心に構成されている。~
馬と乗り手を最大限に保護する必要があったため、過剰な装飾と防護を施された騎馬戦車が初期の騎兵の常であった。~
~
人類が乗用馬・荷役馬の量産を可能にしたのは紀元前800年ごろで、これとほぼ同時に騎馬民族が出現した。~
騎馬民族は日常生活において常に馬を活用しており、このため多忙な貴族階級の戦車兵とは全く練度が異なっていた。~
戦車では軽騎兵・重騎兵の[[機動力]]に太刀打ちできず、やがて騎馬戦車の概念は歴史から姿を消していった。~
~
紀元前300年頃には騎兵突撃に対する対抗策として「長槍兵で方陣を組んで全方位から奇襲を警戒する」という戦術が確立。~
これによって騎兵が戦術の中核であった時代は事実上終結し、以降の騎兵戦術は[[歩兵]]の補助に特化していく事になる。~
この戦術理論は、近代に至るまで騎兵の常套戦術であり続けた。~
[[機動力]]を駆使した軽騎兵の[[散兵戦]]と、最も危険な前線に素早く到着する乗馬歩兵の増援部隊が、騎兵戦術の完成形であった。~
~
しかし19世紀後半、[[ライフル]]と[[機関銃]]の登場によって馬は「ただの大きな的」と化し、騎兵は完全に時代遅れの兵科となった。~
馬は偵察・伝令・長距離移動手段・輸送用の荷役((乗馬歩兵・騎馬砲兵あるいは[[兵站]]輸送の馬車やソリの牽引など。))の手段となり、前線に姿を見せれば即時に射殺されるものとなった。~
だが、それも[[第二次世界大戦]]で自動車が大々的に運用され始めるまでのことで、軍隊の[[機械化]]が始まると共に兵器としての馬は姿を消す事になる。

>ちなみに、世界で最後に馬による戦闘を行った正規の乗馬騎兵部隊は、[[日本陸軍>日本軍]]の「騎兵第4旅団」であった。

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