【騎兵】(きへい)

(英)Cavalry/Trooper
かつて存在していた軍隊の兵種で、戦場で主として馬に乗って戦う兵士*1のこと。
現代では(後述の通り)自動車の発達により廃れているが、過去に騎兵部隊として編成されていた歴史を持つ部隊が、装備が軽戦車歩兵戦闘車ヘリコプターなどに置換された後も(部隊の歴史と伝統を重んじる意味で)「騎兵」の名を名乗り続ける場合がある。
また、迅速な展開・撤収を求められる即応集団・増援部隊・特殊部隊などを一種の慣用句として「騎兵隊」と呼ぶ事もある。

騎兵の利点と欠点

騎兵を通常の歩兵と比較した場合、以下のような利点と欠点がある。

  • 利点
    • 徒歩で移動する歩兵では到底追いつけない速度*2機動力を持つため、伝令や威力偵察?に適する。
    • その速度と機動力によって交戦した敵歩兵撤退を阻止し、突撃や追撃による戦果を拡大する。
    • 馬上で見ているため視点が高く視野も広い。これは警戒や偵察を容易にし、戦場での迂回や包囲も助ける。
    • コストが高く戦果も華々しい部隊であるため、軍の内部でも高い格付けになることが多く、高度に訓練されるため総じて士気も高い。
    • 死んだ馬は糧食になる*3
  • 欠点
    • 馬に重荷を負わせると機動力が落ちるため、歩兵ほど重い鎧は着込めず、攻撃を受けると脆い。
    • 片手で保持できる武器しか装備できないため、白兵戦でも長槍などで重武装した歩兵には遅れを取る。
    • 歩兵よりも物理的に大きいので、射撃が命中しやすい。また遮蔽を取って隠れる事もできない。
    • 山岳や森林などの荒地や、雨天でぬかるんだ泥などが機動力を大幅に殺いでしまう。
    • 遮蔽物を突破できないため、屋内戦や市街戦はほとんど不可能。
    • 地形やバリケードを使った待ち伏せを受けると、弓兵や銃撃のキルゾーンから離脱できなくなって容易に壊滅する。
    • 馬1頭を養うために人間の兵士10人分に近い食料と水が必要。
    • 馬と兵士の訓練(調教)に年単位の練成が必要で、平時の訓練にも膨大なコストがかかる。
    • 膨大な維持費と訓練時間が必要なので、必然的に多くの数を用意できないし、損耗からの回復も遅い。

騎兵のバリエーション

当然ながら騎兵も兵士の一種であり、時代や国情ごとに移り変わる戦術・戦略を反映して様々な編成、運用が成される。

古代戦車(チャリオット)
馬の背中に兵士が乗るのではなく、兵士と武装を搭載した台車を引き摺らせて移動するもの。
2頭以上の馬を繋げられるため積載能力に優れ、2人以上が同じ台車に搭乗可能で、落馬の危険も比較的少ない。
反面、台車など重い荷物を運ばせるため機動力が低く、馬の行動が大幅に制限されるため白兵戦に弱い。
また車輪の関係で地形障害に非常に弱く、地形を利用する戦術が浸透すると共に戦場から姿を消していった。
ただしその設計思想は馬車として残り、現代でも自動車や戦車へと受け継がれている。
軽騎兵・弓騎兵
機動力を重視した軽い装備で、白兵戦を避けて逃げ回りつつ弓、拳銃カービンなどで散兵戦を行う。
多くは偵察部隊を兼ね、しばしば威力偵察?を行ったり、敵陣の側面や後方を狙う事が多い。
この行動方針は遊牧民族が平時に行う狩猟や牧畜と似通った面が強く、事実、遊牧民の弓騎兵は練度が高かった。
このため遊牧民は古代から中世にかけて略奪を行う蛮族として軽蔑され、また恐れられていた*4
重騎兵
4mを超える長槍などを備え、突撃して白兵戦で敵陣を突破する事を主任務とする騎兵。
騎兵は攻撃を受けると脆いが、短時間で敵陣を突破できれば攻撃を受ける機会も減り、被害は少なく済む。
また、騎兵槍は火器が登場するまで人間が保持できる最高の破壊力を備えた兵器であり*5、大きな盾などで武装した重装歩兵も一撃で蹴散らせるため、実際の被害以上に士気への影響が大きかった。
反面、集団密集戦術が基本となり散兵戦を行えないため射撃には非常に弱かった。
弓矢への対応防御として人間と馬を鎧で覆う事もあったが、ただでさえ高価なコストが鎧によってさらに高騰するため実用的ではなかった。
騎士
中世の西欧諸国で、王侯貴族に仕えていた騎兵。Knight.
馬上試合や儀礼的決闘を行う事に特化し、見栄えよく取り繕われている。
戦いの場にあっては、騎士同士がそれぞれ名乗りを上げて「公正」に戦い、勝者は敗者の身柄と引き替えに身代金や利権・領土を得る。
非道な扱いをされないよう、また身代金の支払いが滞らないよう互いに礼儀を尽くし、捕虜となった騎士は愛馬ともども非常に丁重に扱われた。

西欧でこのような文化が発達した理由としては、騎兵を運用すること、ひいては戦争そのものに対する甚大な経済的負担が挙げられる。
中世初期の西欧では、ほぼ全ての国家が戦争を行えるだけの経済力を持っていなかったため(よって戦争で勝っても利益がない)、王侯貴族同士が縁戚関係を結ぶ事で戦争を避け、交渉が決裂した際には、上記のように「危険な賭け試合」程度に形骸化された戦闘により解決していた。
そのため、中世後期に再び戦争が「真剣勝負」になって以降は急速に軍事的価値を失い、傭兵や荘園領主へと変質していった。*6
乗馬歩兵
戦場まで移動するための乗り物としてのみ馬を利用し、戦う時は歩いて戦うもの。
長弓兵や初期の銃兵(竜騎兵)など、訓練を要するが騎兵とは両立しない兵科でよく見られる。
また、指揮官など自分自身の交戦を想定しない場合にもよく見られる。
馬が直接戦闘に関与しないため、撤退時に奪われる可能性を除けば馬の生還率が高い。
明治時代までの日本など、戦闘に堪えられる頑強な馬の入手に難のある地域では、否応なく騎兵を乗馬歩兵としてのみ運用する事もある。
馬車
数頭の馬に大きな車を曳かせるもの。要人、歩兵兵站の輸送に特化している。
物資を積載した場合は歩兵と大差ないほど機動力が落ちるため、基本的に戦場には投入しない。
襲撃に遭った場合に馬車自体で戦う事も不可能なため、可能であれば護衛として歩兵を同道させる。
古代ローマでは、馬車による連絡網を整備する目的で長大かつ頑丈な街道が各都市間に設けられていた。*7
騎馬砲兵
乗馬歩兵の亜種。歩兵の代わりに野戦砲とそれを扱う砲兵を輸送する。
野戦砲は陸戦において最強の打撃力を備えた兵器であるが、機動力は絶望的に低く、特に攻勢においては頻繁な機動についていけず置き去りにされる事すら少なくなかった。
馬による輸送によってこの弱点をカバーする事で、戦場を縦横無尽に移動し、機敏に位置を変えつつ的確な砲撃を繰り返す事が可能になる。
歴史上では、特にフランスのナポレオンが騎馬砲兵の運用に長け、「空飛ぶ砲兵」の異名で恐れられていた。
ただし、騎兵の常として少数精鋭にならざるを得ず、全ての砲兵を騎馬砲兵として運用するのは不可能に近い。
機械化が進んだ20世紀以降は軽量な迫撃砲、機敏な自走砲、文字通りの空飛ぶ砲兵たる爆撃機の三者に継承されて発展的解消を遂げた。

歴史的経緯

騎兵は中世まで歩兵と並ぶ正面戦闘部隊と位置付けられていたが、中世後半から近世に至る頃には、ほぼ完全に対抗戦術が確立されたため正面戦力としての運用を避けるようになり*8、19世紀後半にライフル機関銃が登場すると完全に陸戦の主力から退いた。
その後もしばらく偵察・伝令*9・長距離移動手段・輸送用の荷役*10として馬が用いられたが、第二次世界大戦で自動車が大々的に運用され始めると同時に、兵器としての馬は姿を消す事になる*11

ただし、現在でもなお「国家や軍隊の歴史・名誉・伝統を後世に継承する」という儀礼的な役割を持たせた、小規模な乗馬部隊を軍や警察に備えている国もある。*12
また、スペインなどヨーロッパの一部の国では暴徒鎮圧などのために警察に騎馬部隊を持たせているところもある。


関連:カービン


*1 インド・地中海・東南アジアでは象を、北アフリカ・西アジアではラクダを用いた例がある
*2 人間の全力疾走は10〜20km/h前後であるが、馬は50〜60km/h前後で走ることができる。
*3 平時に口減らしのために屠殺した老馬の肉は貴重な保存食であったし、最悪の事例では『死んだ人間も糧食になる』という事実から目を背ける時間稼ぎになった。
*4 厳密に言えば略奪を行う蛮族でない国民など常備軍が整備された国家にしか存在しない。ただ、遊牧民は強奪を行うリスクが低かった(生還率が高く、従って被害件数も多かった)
*5 馬の体重と速度による運動エネルギーが人力よりも格段に優れている
*6 西欧諸国やその文化的影響を強く受けた国で「騎士」の名が社会階層や勲章・名誉称号になっていたりするのは、この時代の名残であると見られる。
*7 後にこれは「すべての道はローマに通ず」という格言のもとになった。
*8 この時代の騎兵は機動力を駆使した散兵戦で戦列を乱したり、戦場に到着したら馬を下りて隊列を組み射撃するのが一般的だった。
*9 自転車で代替されることもあった。
*10 乗馬歩兵・騎馬砲兵あるいは兵站輸送の馬車やソリの牽引など。
*11 ちなみに、世界で最後に正規の乗馬騎兵部隊による戦闘を行ったのは日本軍である。
*12 現在の日本では、警視庁(交通部第3方面交通機動隊)と京都府警(地域部平安騎馬隊)に小規模な騎馬部隊がある。

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