Last-modified: 2024-04-14 (日) 09:03:49 (7d)

【B747-47C】(びーななよんなな よんななしー)

Boeing B747-47C.

ボーイングB747-400旅客機のうち、特に航空自衛隊が運用していた日本政府専用機を指す型式番号。
ボーイング社内における規定(型番の「B747-400」に「日本国政府」を表す顧客コード「7C」をつけたもの)であり、日本国の公文書では「特別輸送機B-747-400」と呼称していた。

超大型旅客機B747-400の国際線仕様をベースに、貴賓室・会議室などが追加されていた。
主として要人の外国への公式訪問に使用された他、事変に際して自衛隊や在外邦人の緊急輸送も想定されていた。
(実際に在外邦人や自衛官の輸送が行われたこともある)

乗務員整備士・運航スタッフは全て自衛官で占められていたが、航空自衛隊B747-400の運用教則を保有していなかった。
このため、乗員及び整備員の教導・機体の重整備・改装・国内の空港におけるグランドハンドリングなどは一部日本航空に委託されていた。

法令上、皇族・内閣総理大臣・国賓に類する賓客・衆議院議長・参議院議長・最高裁判所長官が利用してよい事となっていた。
しかし、防衛庁防衛省)所管の国有財産であるため用途は公務のみに限定され、単に要人が移動するというだけの理由で使用許可が下りることはなかった。
また、道路や鉄道網が高度に発達している日本国内の交通事情ではあえて旅客機を手配するような公務も少なく、飛行回数は多くはなかった。

1992年の就役以来、長らく要人・賓客・自衛官などの輸送にあたってきたが、2019年3月をもって全機退役した。
これはB747-400自体が経年で旧式化し、民間各社が機材を更新してB747系列機の旅客運用を廃止し(なお、貨物機としての運用は現在も日本貨物航空により行われている)、保守管理体制の維持が困難になった事に因る。
後継機にはB-777-300ERが充てられ、これに併せて機体整備などの委託先も日本航空からANAホールディングス(全日本空輸)に移された。

なお、同機の顧客コードには「7C」ではなく「SB」が新たに与えられている。
(これは同機がボーイングビジネスジェットの一機体として受注され、日本政府がその「新規顧客」として扱われたためである)

関連:エアフォースワン シグナス(コールサイン) VC-25A B777-3SBER

退役後の処遇について

退役後の機体は保存・展示も検討されていたが、機体の大きさなどから断念。
貴重品・軍用機器を除装した上でリサイクル業者「エコネコル社」に約14億円(2機合計)で売却され、アメリカ・アリゾナ州のピナル・エアパークに回航
現在はL3Harris Technologies社が保有しており、ピナル・エアパークに留め置かれている。

この間、1号機(20-1101→N7474C)は旅客型として売りに出され、2号機(20-1102→N7477C)はイスラエルのテルアビブへ再回航の上、貨物機に改修される計画があったが、現在はどちらも宙に浮いている。
なお、現在は両機ともパーツの一部が失われており、再飛行が可能な状態ではないという。

なお、貴賓室の調度品は離日前に撤去され、浜松広報館および石川県立航空プラザ(小松飛行場に隣接)にて保存・展示されている。
同様に、記者会見席も浜松広報館にて保存されている。

導入の経緯

本機は、日本政府が初めて導入した政府専用機である。
政府専用機の必要性については1970年代から日本国内で検討が始まっていたが、実際の導入は1992年にまでずれ込んでいる。

この時に候補に挙げられていた機体には、ボーイングB707-320B747SPマクダネル・ダグラスDC-10エアバスA300ロッキードL-1011などがあった。

本機導入以前の公務海外旅行には、必要になる都度、フラッグキャリアである日本航空旅客機を借り切っての専属輸送便で対応していた。
政府専用機が存在していなかったのはもちろん、航空自衛隊にも海外への人員輸送を行うための体制が存在しなかった。

これは政府専用機の問題というより、当時の日本国の軍事政策の問題に帰結する。自衛隊を護衛として派遣できない状態で政府専用機を保有する意味はないからだ。
問題の本質は軍事力(護衛)の海外展開を法的に正当化できなかった(あるいは、誰も正当化しようとしなかった)事にある。
(ただし、「政府要人の海外渡航には、その都度民間機を借り入れて対応する」国も一部存在する)

しかし、1980年代のイラン・イラク戦争において「邦人を退避させる手段がない」という醜態をさらしたため、危地に送り込む事も想定した政府専用機が改めて求められる事となった。

開戦に伴ってイラン国内の在留邦人を緊急に帰国させるための特別便が要請されたが、日本航空はこの要請を拒否。
要請が入った時点で日本航空はイランへの定期便から撤退しており、搭乗手続を行うための体制が現地に残っていなかった。
また、戦争当事者であるイラク政府がイラン上空の飛翔体に対する無差別攻撃を宣言しており、乗員乗客の安全確保が事実上不可能だった。
日本国内では完全に手詰まりとなった末、件の邦人はトルコ政府が派遣したトルコ航空(現:ターキッシュエアラインズ)の特別機などで救出されている。

1987年、ボーイング社と購入契約を締結してB747-400を2機(アメリカでの当初の機体記号は「N6055V」及び「N6038E」)発注、1991年に日本政府へ引き渡された。
当初、本機は総理府(現:内閣府)の所有する民間機扱い(当時の機体記号はJA8091・JA8092)だったが、翌1992年に航空自衛隊へ移管され、軍用機扱い(JA8091→20-1101、JA8092→20-1102)となった。

ちなみに、当時の総理府は安全確保のため「主務機」「副務機」「予備機」の3機を導入する予定だった(そのために3機分の機体記号(JA8091〜JA8093)を予約していた)が、予算上の都合で2機しか購入できなかったという経緯がある。
その後も防衛庁が予備機の導入を検討していたが、予算を捻出できないまま2005年に断念された。
これは北朝鮮の核兵器弾道ミサイル開発進展に伴い、肥大化したミサイル防衛費に予算を圧迫されていた事に因る。

内装

「VIP専用機」としてかなりの改装が施されており、座席数は150席程度と言われていた。

座席のグレード等は日本航空の基準に沿っているが、一般的な旅客機に見られるような娯楽設備は設置されていなかった。
また、遮音性が低いために飛行中の騒音も大きく、機内での会話には大声で話す必要があったという。

キャビンの構成は以下のようになっていたという(2019年3月時点の最終状態)。

一階席
貴賓室・夫人室・シャワー室などのある機体前部区画は現役当時は公開されておらず、退役後に報道陣に公開された。
貴賓室
機首部にあった。席数5席。
衛星電話を備えた執務机とソファー6脚などが備えられ、ソファーは長距離飛行の際には2床のベッドに転換することもできた。
護衛官席
2席。要人が出入りする機体前部L1ドアの付近に割り当てられていた。
夫人室
貴賓室に隣接しており、専用の化粧台などが備えられていた。
シャワー室・洗面台
秘書官室
11席。座席の規格はビジネスクラス相当。
会議室
4席。必要に応じて一般客室に変更可能だった。
事務室
2席。会議室と同様、必要に応じて一般客室に変更可能だった。
後年の改装で、インターネット接続環境なども整えられた。
随行員室
33席。秘書官室と同様ビジネスクラス相当の座席。
一般客室
89席。プレミアムエコノミー相当の座席。マスコミなどの民間人に対しては運賃が請求されていた(エコノミークラス相当額とされていたが、具体的な金額は非公開)。
記者会見席
3席。一般客室内に対面式で設置されていた。
ギャレー
数か所。乗客に饗するための機内食とドリンク類などを配備していた。
食材はしばしば現地調達されていて、毒物混入などの危険性に対して十分に備えていたかは少々疑わしい。
二階席
コックピット
軍用機として敵味方識別装置ミサイル接近警報装置・軍用UHF無線機などを搭載。天井の天測用ハッチに国旗を立てることもできた。
操縦系統は2マンクルーだが、機長副操縦士に加えて偵察航法幹部が乗務して3名で運用されていた。
通信室
機密事項につき退役後も詳細非公開。搭乗中の要人が行う通信を担当し、専属の航空通信士が詰めていたという。
運航要員室
25席。一部を除き国際線のエコノミークラス相当の座席。一部プレミアムエコノミー相当の座席も設けられていた。
休憩室
階下
貨物室
任務・旅程に応じて必要な貨物を積み込んだ他、寄港先での不具合に備えた補修部品と、不時着に備えた収納式エアステアも備えられていた。

添付ファイル: fileb747-47c.jpg 2059件 [詳細]

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