Last-modified: 2023-09-21 (木) 18:45:08 (210d)

【鳳翔】(ほうしょう)

1920年代、日本海軍が建造した初の航空母艦
世界で初めて航空母艦として設計・建造された艦(他艦種から航空母艦に改造された例は鳳翔より以前にある)。
同型艦として「翔鶴」が計画されたが、ワシントン海軍軍縮条約により計画中止となっている。

建造当初は起倒式の3本の煙突を持ち、固定武装の8cm高角砲は甲板に引き込み式としていた。
また、英国の空母に倣いアイランド式の艦橋を備えていた。
しかし、元来の船体が小型で、艦載機の大型化に伴って甲板上の艦橋が支障となった。
1924年に飛行甲板前部の水平化を行った際に甲板上の艦橋を撤去され、前部格納庫の前端部両舷に移動している。

旧日本海軍は最後まで艦載機用のカタパルトを実用化できなかったため、第二次世界大戦世代の艦載機は運用不可能だった。
九六式艦上戦闘機九六式艦上攻撃機を運用可能だったが、これらの機体は大戦後期には旧式化により事実上無力となっていた。

戦歴

1928年、巡洋戦艦から改装された「赤城」と共に「第1航空戦隊」を編制した。
1932年には「第1次上海事変」に参加。
1937年には支那事変に参加した。

1940年には本艦と空母「龍驤」、駆逐艦3隻で「第3航空戦隊」を編制、第1艦隊の隷下に入り、この体制で太平洋戦争の開戦を迎えた。
1942年、それまでの艦載機前線不適格とされて練習機に転用され、本艦ももっぱら近海で艦載機搭乗員の訓練に用いられた。

終戦後、復員輸送に使われた後、1946〜1947年にかけて解体された。

性能諸元

主建造所進水まで:浅野造船所
艤装:横須賀海軍工廠
起工1920.12.16
進水1921.11.13
竣工1922.12.27
除籍1945.10.05
その後復員輸送に従事、1946.8.〜47.5.に日立造船築港工場にて解体
基準排水量7,470英トン(7,590t)
常備排水量竣工時:9,494英トン
1938年3月:10,797英トンまたは10,797t
公試排水量10,500t(最終時)
全長168.25m
最終時:179.25m(飛行甲板含む)
水線長165.05m
垂線間長155.45m
最大幅18.90m
水線幅17.98m
深さ12.65m(最上甲板まで)
17.15m(飛行甲板まで)
飛行甲板
(長さ×幅)
竣工時:168.25m×22.7m
1944年時:180.8m×22.7m、エレベーター×2基
喫水6.17m
5.3m(最終時)
主缶竣工時:ロ号艦本式専燃缶×4基、同混焼缶×4基
最終時:重油専燃缶(大型缶・小型缶×各4基)
主機パーソンズ式高低圧ギヤード・タービン×2基
推進器スクリュープロペラ×2軸
出力30,000hp
速力25ノット
24.7ノット(最終時)
燃料1923年3月:重油2,700t、石炭940t
最終時:重油2,657.1英トン
航続距離10,000海里/14ノット
最終時:10,000海里/11ノット
乗員竣工時:定員548名
1923年5月:550名
兵装竣工時:
三年式50口径14cm単装砲×4基
三年式40口径8cm単装高角砲×2基

1938年3月:
三年式50口径14cm単装砲×4基
九三式13mm連装機銃×6基12挺
山ノ内6cm礼砲×4門
搭載艇1923年:8隻
1938年:9隻
1939年:11m内火艇1隻、9m内火艇2隻、12m内火ランチ1隻、8mランチ1隻、
30ftカッター1隻、9mカッター1隻
搭載機竣工時:艦戦×6機、艦攻×9機、補用×6機
1941年12月定数:艦戦×6機、同補用×3機、艦攻×6機、同補用×2機
1942年8月以降:定数0機
レーダー最終時:電探×1基、逆探×1基
ソナー最終時:零式水中聴音機×1基
その他須式転輪安定儀×1基



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