*&ruby(わいえすいちいち){【YS-11】}; [#k4bf744c]
日本航空機製造(NAMC) YS-11.~
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[[第二次世界大戦]]後、日本のメーカーが初めて設計・生産した[[双発>双発機]][[ターボプロップ]][[旅客機]]。~
型式番号は「YS」が「輸送機(Yuso^ki) 設計(Sekkei)」の頭文字、最初の1が「胴体案の一番目」、次の1が「[[エンジン]]案の一番目」を示しており、「わいえすいちいち」と読む。~
しかし、型式番号のYSの意味については諸説あるのでこの限りではない。~
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本機の設計は、三式戦闘機[[飛燕]]設計の土井武夫、[[零戦>零式艦上戦闘機]]設計の堀越二郎、[[紫電改]]設計の菊原静男、一式戦闘機「[[隼>隼(戦闘機)]]」設計の太田稔、[[秋水]]を手がけた木村秀政といった、日本を代表する航空技術者の手によって行われた。~
日本は[[第二次世界大戦]]の終戦まで、世界でも有数の[[航空機]]製造技術を持っていたが、敗戦後、米英を中心とする連合国軍([[GHQ]])の占領政策で[[航空機]]の設計・開発・製作・運用といった航空に関する諸活動への関与を一時期禁じられた((この措置は徹底したもので、大学の授業からも「航空力学」の項目が削除されるほどであった。))ため、[[航空機]]製造技術の基盤が失われてしまっており、開発は困難を極めた。~
製造は新三菱重工(現在の[[三菱重工業]])、[[川崎航空機>川崎重工業]]、[[富士重工業>SUBARU]](現在の[[SUBARU]])、[[新明和工業]]、日本飛行機、昭和飛行機工業、住友精密工業の7社が分担し、最終組み立てを三菱の小牧工場が担当した。~
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1962(昭和37)年に初飛行し、その2年後の1964(昭和39)年に国内線に就航(([[ローンチカスタマー]]は[[全日本空輸]]であったが、最初に機体が引き渡されたのは東亜航空、最初に就航させたのは日本国内航空であった。))。~
当時国内で主流だった1,200m級の[[滑走路]]での離着陸が可能で、エンジンが停止しても滑空できるほど、低速での安定性が優れていた上、燃費が良く、頻繁な離着陸にも耐えられる頑丈な構造だったため、地方間コミューター機として活躍した。~
また、アメリカや東南アジアへも輸出した実績もある。~
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しかし、高性能の機体とは裏腹に、騒音や振動が激しく居住性が悪かったり、自動操縦装置が備えられていなかったりなど、旅客機としては好ましくなかった((これは、機体設計にあたっていた技術者の多くが[[軍用機]]の設計・開発に携わった経歴のみを持ち、旅客機には搭乗したこともなかったためだという。))。~

**その後 [#d781d4ff]
日本の航空技術開発という点では重要な意味を持っていた本機であるが、1973(昭和48)年に合計182機で生産は打ち切られ、300億円の赤字を出して全計画が終了した。~
>本機の生産終了後、メーカーの日本航空機製造も解散してしまった((なお、その後のアフターサービスは[[三菱重工業]]が請け負った。))ため、設計・製造のみならず、販売・金融・プロダクトサポートなどのノウハウが次世代に継承されず、その後の旅客機の設計・製造・販売能力を自ら放棄する形となってしまった。~

現在では機体の老朽化に伴う[[廃棄処分>用途廃棄]]やそれに伴う新型機の導入などで機体数は減り、また、衝突防止装置([[TCAS]])を装備することの義務付けにより、日本のエアラインにおける[[旅客機]]としての活躍の場はなくなった。~
日本で最後まで運行し続けたエアーニッポン((現:[[ANAウイングス]]。))や[[日本エアコミューター]]でも、同様の理由からYS-11の後継として[[ボンバルディア]]社(カナダ)製の[[DHC-8]](通称ダッシュ8)や[[サーブ]]社(スウェーデン)の[[サーブ340]]などのコミューター機を採用、2006年(平成18年)9月30日のラストフライトをもって、日本での商用機としての運行は終了した。~
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日本における[[旅客機]]としての活躍の場は失われたが、[[航空自衛隊]]((現在は[[電子戦機]]・[[ELINT]]機として使用。))や東南アジア諸国(フィリピンのフィリピン航空やアジアンスピリット、タイのエアフェニックスやプーケットエアなど)ではいまだに現役である((しかしこれらの機体も、[[運用寿命]]の満了を順次迎えて[[退役>用途廃棄]]・[[モスボール]]となるものが増えており、現在も運用可能な機体は極めて少なくなっている。))。~
また、日本航空学園では地上訓練用の機材として用いられている機体がある他、国土交通省で運用されていた量産第1号機([[機体番号>機体記号]]:JA8610)が引退後に国立科学博物館に譲渡され、[[羽田空港>東京国際空港]]の格納庫で動態保存されている((同機は定期的にエンジンに火が入れられており、「『100年先でも飛べるYS』として保存する」とのコメントもある。))。~
また、日本航空学園では地上訓練用の機材として用いられている機体がある他、国土交通省で運用されていた量産第1号機([[機体番号>機体記号]]:JA8610)が引退後に国立科学博物館に譲渡され、[[羽田空港>東京国際空港]]の格納庫で動態保存されていた((その後、2020年1月に動態保存を断念して解体され、茨城県筑西市のテーマパークで展示保存されることになった。))。~
>2015年には大阪府八尾市の航空機販売・整備会社「エアロラボインターナショナル」社が元国土交通省所属の本機(登録記号JA8709((なお同機は、国土交通省航空局で最後まで運用されていた機体でもあった。))→N462AL)を競売で購入し、レストアしたうえで再飛行を成功させている。

2007年には社団法人日本機械学会から「機械遺産」に認定された。
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#ref(ys-11.jpg)
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**スペックデータ [#qad0b9d2]
|乗員|2名|
|定員|56〜64名|
|全長|26.3m|
|全高|8.98m|
|全幅|32.0m|
|胴体直径|2.88m|
|[[主翼]]面積|94.8|
|自重|14,600kg(A-100型)&br;15,400kg(A-500型)|
|最大離陸重量|23,500kg(A-100型)&br;24,500kg(A-200型)&br;25,000kg(A-500型)|
|[[エンジン]]|[[ロールス・ロイス]]「ダート」[[ターボプロップ]]([[推力]]2,660〜3,060shp)×2基|
|最大巡航速度|470〜480km/h|
|[[失速]]速度|140km/h|
|[[航続距離]]|1,090km(フル搭載時)&br;2,200km(最大)|

**派生型 [#s08d66c9]
-YS-11-100:~
初期生産型。~
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-YS-11A:~
輸出を見込んで大幅な改良を施したモデル。
[[エンジン]]はタービンの耐熱性向上と[[プロペラ]]減速歯車の強化によって出力が10%増加し、[[ペイロード]]も1t増加した。~
その他にも主脚ドアなど各部の設計が変更された。~
--YS-11A-200:~
旅客型の標準モデル。
--YS-11A-300:~
旅客・貨物混載モデル。
--YS-11A-400:~
[[貨物専用モデル>貨物機]]。
--YS-11A-500:~
YS-11A-200のエンジンを542-10Kに換装し、[[ペイロード]]を500kg増加したモデル。~
後にオートパイロットやTCADなどの追加装備を施したものも存在している。
---YS-11A-500R:~
YS-11A-200のエンジンにMk543を搭載し、高気温・高地運用時の片発上昇性能が向上したモデル。
--YS-11A-600:~
YS-11A-300のエンジンを542-10Kに換装し、[[ペイロード]]を500kg増加したモデル。
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-YS-11A-CARGO:~
YS-11の最終モデルで[[貨物機]]改造タイプ。

***生産されなかった型 [#c02b0380]
-YS-11J:~
[[リージョナルジェット]]モデル。~
ロールス・ロイス/スネクマ M45H [[ターボファン]][[エンジン]]を主翼上に搭載し、後退尾翼に改造している。~
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-YS-11S:~
YS-11の[[短距離離着陸>STOL]]機タイプ。~
航続距離900km、600m級の滑走路で離着陸が可能とされた。~
~
-YS-33:~
YS-11の後継機種(YX)として研究を開始した[[ターボジェット]]機。~
機体構成は[[DC-10]]に似ていた。~
後に構想は大型化し、180席クラスのロールス・ロイス製[[ターボファン]]を搭載する機体となったが、[[金の壁]]に直面して1971年開発中止。~
なお、YX計画そのものは紆余曲折の末、米[[ボーイング]]社との共同開発機・[[B767]]及び[[B777]]として実現している。~
~
***航空自衛隊モデル [#fb2ff0b2]
-YS-11P:~
人員輸送機型。2017年5月、全機退役。~
YS-11-100をベースに、主翼内インテグラルタンクとバグタンクによって燃料搭載量を7,270リットルとし、[[航続距離]]を延長している。~
--YS-11P(VIP仕様機):~
YS-11Pの要人輸送型。ソファーやラウンジが追加されている。~
--YS-11PC:~
YS-11-300がベースの人員・貨物輸送機型。~
後にP型に統合された。~
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-YS-11C:~
YS-11A-400を輸送機として採用した型。~
胴体後部左側に横3.05m・縦1.83mのカーゴドアが設置され、床が強化された。~
[[C-130H>C-130]]の導入によって余剰となり、全て他用途に改造されている。~
~
-YS-11E:~
C型ベースの電子戦訓練機型。~
胴体上面に大小のレドーム、胴体下面に2個の大型レドーム、胴体後部両側に冷却装置が設置されている。~
後にEA型に改修された。~
~
-YS-11EL:~
C型ベースの[[電子情報収集機>ELINT]]型。~
後にEB型へと改造された。~
~
-YS-11EA:~
E型を「スーパーYS」へ改修した型。~
上下7箇所あったレドームを廃し、ブレードアンテナのみになった。~
冷却機材収容部は右側のみに、機内のECM機材も能力向上型に改められた。~
~
-YS-11EB:~
C型ベースの電子測定機(ELINT)型。~
EA型と同じく「スーパーYS」化されている。~
機体上下に二つずつのドームを付けているのが外見上の特徴で、冷却機材収容部もEA型同様右側のみである。~
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-YS-11FC:~
飛行点検機型。~
[[VHF]]及び[[TACAN]]アンテナが増設された他、航空通信設備や航空交通管制施設を検査する自動点検装置、信号観測用のオシロスコープなどの無線機材が搭載されている。~
また、電源用に[[APU]]を搭載している。~
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-YS-11NT:~
C型ベースの[[航法訓練機>練習機]]型。~
[[自衛隊の航法士>航空士(自衛隊)]]を育成する機体で、[[航法]]/通信アンテナや六分儀が設置されている。~
2015年10月退役。~
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-スーパーYS:~
日本飛行機が[[川崎重工業]]と[[石川島播磨重工業>IHI]]の協力を受けて開発した機体。~
エンジンを[[P-2J>P-2]]で使用されていたT64-IHI-10Eを-10Jへと改修・換装し、プロペラをハミルトン・スタンダードの3枚ブレードに交換した。~
この改修により、上昇限界高度が9,000mに向上し、航続距離も延長された。~
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***海上自衛隊モデル [#e638f32e]
-YS-11M:~
輸送機型。YS-11-100がベース。~
床が強化され、室内運搬装置の設置や胴体後部に大型カーゴドアを増設している。~
2014年に全機退役((本機及びM-A型の後継には、[[アメリカ海兵隊]]で使用された後に[[モスボール]]されていた[[KC-130R>C-130]]が、[[空中給油]]機能を削除した上で導入された。))。
--YS-11M-A:~
輸送機型。YS-11A-400/300/600がベース。~
M型と同様、2014年に全機退役。
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-YS-11T-A:~
機上作業訓練機型。~
低高度飛行が多いことから与圧室を廃し、胴体下部に巨大レドームを設置している。~
[[対潜哨戒機]]に搭乗する乗員の養成に使用されていたが、2011年に第205教育航空隊の解隊に伴い全機退役。~
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