*&ruby(えむつー(ちゅうせんしゃ)){【M2(中戦車)】}; [#of267eb9]
1938年に開発された[[アメリカ陸軍]]の[[戦車]]。~
戦車創成期において試行錯誤が繰り返されながらようやく戦車の形となった。~
開発中はT5試作中戦車と呼ばれ、既に制式化されていた[[M2軽戦車>M2(軽戦車)]]と部品を共通化する事が求められたため、構造的には若干古臭いものとなった。~
開発中は「T5試作中戦車」と呼ばれ、既に制式化されていた[[M2軽戦車>M2(軽戦車)]]と部品を共通化する事が求められたため、構造的には若干古臭いものとなった。~
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武装は、全周旋回式[[砲塔]]にM3 56口径37mm対戦車砲と、M1919A4 7.62mm機関銃を同軸に装備し、車体左右にもM1919A4を合計4挺配置、さらに対空用にもう1挺装備した結果、6挺もの[[機関銃]]を装備していた。~
武装は、全周旋回式[[砲塔]]にM3・56口径37mm[[対戦車砲]]と、M1919A4・7.62mm機関銃を同軸に装備し、車体左右にもM1919A4を合計4挺配置、さらに対空用にもう1挺装備した結果、6挺もの[[機関銃]]を装備していた。~
さらに、M2中戦車として制式化され量産型になると2挺追加されることとなり、合計8挺の[[機関銃]]を持つ戦車となった。~
全方向に[[機関銃]]で弾幕を張るという野心的なものであったが、重武装の割りには実力がまったく伴わず、実用性は低かったと言う。~
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その後、装甲とエンジンを強化したM2A1中戦車が[[第二次世界大戦]]におけるヨーロッパ戦線に投入されようとしたが、ドイツの戦車にはまったく歯が立たないことが判明し、100両弱が生産されたところで中断。~
1941年6月には後継となるM3中戦車の引き渡しが開始されたため、M2A1中戦車はその存在意義を失い、訓練用としてわずかに使用されただけであった。~
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**スペックデータ [#f223d4d3]
|乗員|6名|
|全長|5.385m|
|全高|2.845m&br;2.743m(M2A1)|
|全幅|2.616m|
|全備重量|17.246t&br;18.74t(M2A1)|
|懸架方式|垂直渦巻スプリング・ボギー式(VVSS)|
|エンジン|ライトR-973 4ストローク星型9気筒[[空冷>空冷エンジン]][[ガソリンエンジン>レシプロエンジン]]&br;ライトR-975-EC2 4ストローク星型9気筒空冷ガソリンエンジン|
|最大出力|350hp/2,400rpm&br;400hp/2,400rpm(M2A1)|
|最高速度|41.84km/h|
|[[行動距離>航続距離]]|200km|
|主砲|M3 53.5口径37mm対戦車砲×1門(砲弾数200発)|
|副武装|M1919A4 7.62mm[[機関銃]]×8挺(銃弾数12,250発)|
|[[装甲]]厚|6.35〜28.58mm&br;6.35〜31.75mm(M2A1)|
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**バリエーション [#ub7fdcb4]
-M2:~
初期生産型。18両が生産された。~
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-M2(E-2火炎放射器搭載型):~
主砲部にE-2[[火炎放射器]]を搭載した火炎放射戦車の試作車。~
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-M2A1:~
改良型。~
[[エンジン]]を[[過給器]]を装備したライトR-975C1 星形[[空冷エンジン]]に変更した。~
また、M3軽戦車の[[砲塔]]が流用され、[[装甲]]も厚くなった。~
[[エンジン]]を[[過給器]]を装備したライトR-975C1星形[[空冷エンジン]]に変更した。~
また、M3[[軽戦車]]の[[砲塔]]が流用され、[[装甲]]も厚くなった。~
94輌が生産された。~
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