*&ruby(せんりゃくへいきせいげんこうしょう){【戦略兵器制限交渉】}; [#o4255166]

Strategic Arms Limitation Talks (''SALT'')
Strategic Arms Limitation Talks (''SALT'')~
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[[冷戦]]中、[[キューバ危機]]後にアメリカとソ連との間で2度にわたり行われた、戦略兵器([[核兵器]])の制限条約をめぐる二国間交渉。

[[冷戦]]中、[[キューバ危機]]後に2回行われたアメリカとソ連の軍備制限条約のこと。

**第一次戦略兵器制限交渉(SALT 機 [#ie12eb76]
冷戦期において米ソ両国は、[[相互確証破壊]]戦略を確立すべく[[核兵器]]の開発・生産競争を行っていた。~
しかし、これ以上の[[核戦争]]への緊張を緩和するために、両国は[[核兵器]]の運搬手段に関しての制限交渉を行うことになった。~
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そして1969年、第一次制限交渉はフィンランドの首都、ヘルシンキで行われた。~
1972年に交渉は妥結し、モスクワで調印が行われた。~
しかしこれは両国の[[弾道ミサイル]]の数量を追認し、それ以上の追加の増量を行わないというものであって、[[MIRV]]化に対する制限はなく、結局ミサイルの数においてもソ連のほうが多くなってしまった。

-米ソのミサイル保有数~
アメリカ:[[ICBM>大陸間弾道ミサイル]]-1000基、[[SLBM>弾道ミサイル]]-710基~
ソ連:[[ICBM>大陸間弾道ミサイル]]-1410基、[[SLBM>弾道ミサイル]]-950基

このため、両国は引き続き、[[MIRV]]の制限を加えた「SALT 供廚貌ることとなった。

**第二次戦略兵器制限交渉(SALT 供 [#b61a0c5c]
第二次交渉においては、第一次交渉で話し合われた内容に加えて、[[核兵器]]の運搬手段――つまり[[ICBM>大陸間弾道ミサイル]]、[[戦略爆撃機]]、[[SLBM>弾道ミサイル]]の数量制限と[[MIRV]]の制限が組み込まれた。~
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1979年6月にウィーンで条約の調印がなされたものの、同年にソ連がアフガニスタンへ侵攻したことを理由として米連邦議会が批准を拒否したため凍結され、その後復活しないまま、1985年に期限切れとなって自然消滅した。

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