*&ruby(きょうふう){【強風】}; [#u7b0fd5b]
川西N1K1.~
1940年代、日本の川西航空機が開発した[[水上戦闘機]]。~
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太平洋戦域の作戦において、占領した島嶼や進出先に[[陸上基地>飛行場]]を整備するまでの間、[[制空権]]を確保するための[[戦闘機]]を必要とした海軍は、昭和15年9月に川西に対して「十五試高速水上戦闘機」の試作を指示した。~
太平洋戦域の作戦において、占領した島嶼や進出先に[[陸上基地>飛行場]]を整備するまでの間、[[制空権]]を確保するための[[戦闘機]]を必要とした[[海軍>日本軍]]は、昭和15年9月に川西に対して「十五試高速水上戦闘機」の試作を指示した。~
>これと並行して、本機が実戦化されるまでのつなぎとして[[零戦>零式艦上戦闘機]]を[[水上機]]化した[[二式水上戦闘機]]が作られていた((オリジナルの零戦は[[三菱重工業]]が主契約メーカーだったが、二式水戦は[[中島飛行機>富士重工業]]が生産を担当した。))。

[[水上戦闘機]]は[[浮舟>フロート]]付きとなるため、[[陸上機]]と同等の速度と運動性を確保するために主翼は空力特性と失速点で優れる中翼形状、主翼構造は当時最新のLB翼とし、その主翼には川西航空機が独自に開発した自動空戦[[フラップ]]が採用された。~
また、二重反転プロペラの導入も計画されたが、実用性に難があったため試作1号機のみの使用で終わり、以降は通常の三翅プロペラを使用することになった。~
発動機は使用可能なものの中で最強の出力を持つ「火星」を採用し、[[水上戦闘機]]としては驚異的な性能を発揮したが、制式採用された昭和18年には、戦局の推移から本来の活躍の場は既になくなっていた。~
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本機は日本本土防空のため佐世保航空隊や大津航空隊(琵琶湖)などに配備されたが、大きな活躍はなく、全部で97機の少数生産に終わった。~
しかし、本機はその設計をベースに陸上機化された[[紫電]]、これを更に改良した[[紫電改]]を生むもととなった。~
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なお、本機は戦後、性能テスト用としてアメリカに4機が持ち込まれており、うち3機(514号機、562号機((佐世保航空隊で使用されていたもの。))、565号機)が全部品が揃った状態でアメリカに現存しているが、レストア待ちの状態で公開はされていない。~

**性能諸元 [#u0ec3b69]
|乗員数|1名|
|全長|10.58m|
|全高|4.750m|
|全幅|12.00m|
|翼面積|23.50|
|自重|2,700kg|
|最大離陸重量|3,500kg|
|[[プロペラ]]|住友ハミルトン 油圧式可変ピッチ定速回転3翅|
|[[発動機>エンジン]]|三菱「火星」一三型空冷複列星形14気筒(公称1,400馬力)×1基|
|速度&br;(最高/巡航)|485km/h([[高度]]6,000m)/ 352km/h|
|[[実用上昇限度>上昇限度]]|10,560m|
|[[航続距離]]|2,000km|
|上昇力|4分11秒/4,000m|
|総生産機数|97機|
|武装|九七式三型改二7.7mm機銃(装弾数各500発)×2挺&br;九九式二号三型20mm機銃(装弾数各60発)×2挺&br;30kg爆弾×2発|
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IP:180.45.216.225 TIME:"2017-03-20 (月) 20:03:38" REFERER:"http://mmsdf.sakura.ne.jp/public/glossary/pukiwiki.php?cmd=edit&page=%B6%AF%C9%F7" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/56.0.2924.87 Safari/537.36"

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