*&ruby(こめっと){【コメット】}; [#hafb60e8]
Comet(彗星)(原義).~
~
後述のとおり、[[航空機]]や[[艦艇]]、[[戦闘車輛>AFV]]などの愛称や名称として幾度か用いられている。

**ドイツ(レシプロ旅客機) [#bc64e088]
Dornier Komet.~
~
ドイツのドルニエ社が1920年代に開発・生産した[[レシプロ>レシプロエンジン]][[旅客機]]。~
~
当時のドルニエ製航空機の特徴である大型の[[パラソル翼]]を持った全金属製の機体であり、1基の[[エンジン]]を[[機首]]に装備していた。~
乗客4名の座席は[[キャビン]]にあるが、[[乗員>エビエーター]]2名の席はエンジン後部に露出していた。~
~
日本でも[[川崎航空機>川崎重工業]]により[[ライセンス生産]]され、朝日新聞社が取材用機として4機((うち1機は[[陸軍>日本軍]]が不採用とした機体を引き取ったもの。))を運用していた。~
>その内の1機(101号機)にはキャビン内に暗室が設けられていて飛行中の写真現像が可能であり、「空飛ぶ編集室」と称された。

|>|CENTER:''スペックデータ''|
|乗員|2名|
|乗客数|4名|
|全長|12.10m|
|全高|3.56m|
|全幅|19.60m|
|主翼面積|62|
|自重|2,154kg|
|全備重量|3,526kg|
|[[発動機>エンジン]]|BMW [[水冷>液冷エンジン]]V型12気筒×1基(出力500hp)|
|最大速度|182km/h|
|[[航続時間>航続距離]]|5.5時間|
|[[実用上昇限度>上昇限度]]|5,000m|
~
**ドイツ(ロケット戦闘機) [#he2d5dd5]
[[第二次世界大戦]]期に開発、運用された、世界初のロケット戦闘機。~
[[Me163]]を参照。~
~
**ドイツ(仮装巡洋艦) [#he2d5dd5]
[[第二次世界大戦]]中に就役し、[[通商破壊戦]]を行った[[仮装巡洋艦>巡洋艦]]。~
秘匿名称は Schiff 45。~
~
1936年に進水した貨物船「Ems」を改装したもので、1940年6月2日に就役した。~
1942年10月にアーグ岬沖でイギリス海軍の攻撃により撃沈された。~
~
|>|CENTER:スペックデータ|
|起工|n/a|
|進水|1937.1.16(貨物船として)|
|就役|1940.6.2(仮装巡洋艦として)|
|その後|1942.10.13 撃沈|
|[[常備排水量]]|3,287t|
|全長|115.0m|
|全幅|15.3m|
|[[喫水]]|-|
|[[機関>エンジン]]|MAN式2サイクル6気筒[[ディーゼル>ディーゼルエンジン]]×2基1軸推進|
|最大出力|3,900hp|
|最大速力|16.0[[ノット]]|
|[[航続距離]]|51,000海里/9ノット|
|乗員|279名|
|武装|クルップ45口径15cm単装[[速射砲]]×6基&br;6cm単装砲×1基&br;SK C/30 83口径3.7cm連装[[機関砲]]×1基&br;C/30 65口径2cm単装[[機関銃]]×4基&br;53.3cm連装魚雷発射管×3基6門&br;[[機雷]]×30個|
|[[装甲]]|なし|
|航空兵装|アラドAr196 [[水上>水上機]][[偵察機]]×2機|

**英国(エアレーサー) [#pe3080be]
De Havilland DH.88 Comet.~
~
1930年代、英国のデ・ハビランド社が開発・生産した[[エアレース]]用の[[航空機]]。~
~
機体は空力的に洗練された[[単葉>単葉機]][[双発>双発機]]・流線型の全木製機で、イギリス機としては初の手動式引込脚を装備するほか、後縁[[フラップ]]や2翅自動可変ピッチ[[プロペラ]]を有する。~
~
飛行可能なレプリカ機も制作されている。~

|>|CENTER:''スペックデータ''|
|乗員|2名|
|全長|8.8m|
|全高|3m|
|翼幅|13m|
|翼面積|19.74|
|翼型|RAF34|
|空虚重量|1,329kg|
|最大離陸重量|2,517kg|
|[[エンジン]]|デ・ハビランド ジプシー・シックスR [[空冷>空冷エンジン]]6気筒×2基|
|エンジン出力|230hp(170kW)|
|[[プロペラ]]|2枚翅可変ピッチプロペラ|
|最高速度|381km/h|
|[[巡航速度]]|350km/h|
|[[失速]]速度|119km/h|
|[[航続距離]]|4,707km|
|[[上昇限度]]|5,800m|
|[[上昇率]]|4.6m/s|

**英国(ジェット旅客機) [#e6a60113]
De Havilland DH.106 Comet.~
~
1940年代、英国のデ・ハビランド社が開発・生産した、世界初の[[ジェット>ジェットエンジン]][[旅客機]]。~
~
当初、本機は「大西洋横断可能な高速[[郵便>航空郵便]]輸送機」として計画された((郵便物は荷重が軽く、旅客機に比べて安全面での制約も厳しくないため、開発のハードルは低くて済んだ。))が、当時、英国初のジェット戦闘機を開発していたデ・ハビランド社は、全く新しい分野である「ジェット旅客機」として開発に着手。~
開発当初は「24席クラスの[[無尾翼機]]」として開発が始まったが、ドイツの[[Me163「コメート」>Me163]]を模して製作された実験機「DH.108」の[[墜落]]事故((この事故で、テストパイロットだったデ・ハビランド社長の子息であるジェフリー・デ・ハビランド・ジュニア氏が死亡した。))を受けて、より堅実な[[後退翼]]機として製作されることになった。~
~
結果、完成した機体は、後退角をつけた[[主翼]]の根元に4基の「ゴースト」[[ターボジェット]]エンジンを埋め込んだ独自の形状をしていた((主翼の下に[[ポッド]]で吊り下げる方式が、アメリカの[[ボーイング]]社に特許を取られて採用できなかったため。))。~
また、その「ゴースト」も、[[推力]]面で物足りないものであった((この当時、推力を大きく取れる軸流式ターボジェットのロールス・ロイス「[[エイヴォン]]」やアームストロング・シドレー「[[サファイア]]」が研究段階にあったが、それらの実用化を待っていては開発が遅延するため、実績のある「ゴースト」が選ばれたという。))が、機体を[[超々ジュラルミン]]の薄肉[[モノコック構造>応力外皮構造]]で軽量化し、なおかつ表面を平滑化することで補っていた。~
~
こうして完成した「コメットMk.1」は、1951年に[[ローンチカスタマー]]である英国海外航空(現在の[[ブリティッシュ・エアウェイズ]])に就航。~
[[航続距離]]こそ2,000km台と短かったが、[[レシプロ>レシプロエンジン]]機の2倍の速力と定時発着率の高さ(([[ブリードエア]]によって[[キャビン]]が与圧され、レシプロ機よりも高い高度を飛ぶことができたことによる。))・振動の少なさ((当時、大型レシプロ機はエンジンの大出力化による騒音・振動とそれによる[[キャビン]]の居住性悪化が問題となっており、これを原因とする事故も起きていた。))で人気を博し、エンジンを「[[エイヴォン]]」に換装して[[航続距離]]を伸ばした改良型の「コメットMk.2」は、[[日本航空]]や[[パンアメリカン航空]]、エア・インディアなど、世界中の長距離国際線を運航する[[フラッグキャリア]]から50機近いバックオーダーを抱えるに至った。~
~
しかし、1954年にMk.1が相次いで二度の空中分解事故を起こしてしまい((一度目の事故の際、[[東京>東京国際空港]]・シンガポール・ヨハネスブルグに各1機が滞在していたが、これらは郵便物以外空席の状態で(与圧システムを作動させないよう)低空飛行で英本国へ呼び戻された。))、その原因解析の結果、機体構造に重大な欠陥があったことが判明((実際の機体の構造寿命が、机上の計算より一桁少なく、与圧された胴体の繰り返し変形によって金属疲労を起こして空中分解に至ったことが判明している。))。~
これを受けてMk.1は全機が永久飛行停止となったばかりか、後継モデルも信用と販路を喪失。~
結局、1964年に生産を終了するまで112機の生産にとどまった。~
>各国航空会社からの発注を受けていたMk.2は全ての発注が取り消され、完成した機体は[[英国空軍>RAF]]に[[輸送機]]として引き取られた。~
また、後継のMk.3・Mk.4も受注が伸びず、少数の生産にとどまった。~
そしてこの結果、メーカーのデ・ハビランド社も苦境に陥り、ホーカー・シドレーに合併されることになる。~

>以後、[[航空機]]の開発・生産に当たっては実物の1機によって試験を行ない、耐用時間に対して十分に安全な寿命が確保されているか、フェイルセーフが確保されていることを証明しなくては、公共の空を飛ぶことは出来ないこととされた。~
また、航空機の窓や開口部に角をつけることはタブーとされた。

***スペックデータ [#l2a6ac15]
|>|>|>|>|CENTER:''コメットMk.1/Mk.2''|
|タイプ|CENTER:コメット1|CENTER:コメット1A|CENTER:コメット1XB|CENTER:コメット2|
|乗員数|>|>|>|CENTER:4名([[機長]]・[[副操縦士>副機長]]・[[航空機関士]]・[[航法員]])|
|乗客数|CENTER:36名|>|>|CENTER:44名|
|全長|>|>|CENTER:28.61m|CENTER:29.53m|
|全高|CENTER:8.70m|>|>|CENTER:8.99m|
|全幅|>|>|>|CENTER:34.98m|
|胴体幅|>|>|>|CENTER:2.97m|
|翼面積|>|>|>|CENTER:188.30|
|自重|CENTER:5,670kg|>|CENTER:5,350kg|CENTER:6,125kg|
|最大離陸重量|CENTER:47,620kg|CENTER:52,160kg|CENTER:53,070kg|CENTER:54,430kg|
|[[エンジン]]|>|>|>|CENTER:[[ターボジェット]]×4基|
|~|デ・ハビランド&br;ゴースト 50 Mk1|デ・ハビランド&br;ゴースト 50 Mk2|デ・ハビランド&br;ゴースト 50 Mk4|ロールス・ロイス&br;[[エイヴォン 503>エイヴォン]]|
|[[推力]]|CENTER:22.2kN|CENTER:22.8kN|CENTER:23kN|CENTER:32.5kN|
|巡航速度|>|>|CENTER:725km/h|CENTER:770km/h|
|[[航続距離]]|CENTER:2,415km|>|CENTER:2,850km|CENTER:4,065km|
|最大限界上昇高度|>|>|>|CENTER:12,800m|
~
|>|>|>|>|CENTER:''コメットMk.3/Mk.4''|
|タイプ|CENTER:コメット3|CENTER:コメット4|CENTER:コメット4B|CENTER:コメット4C|
|乗員数|>|>|>|CENTER:4名([[機長]]・[[副操縦士>副機長]]・[[航空機関士]]・[[航法員]])|
|乗客数|CENTER:58名|CENTER:56名|CENTER:71名|CENTER:79名|
|全長|>|CENTER:33.98m|>|CENTER:35.97m|
|全高|>|>|>|CENTER:8.99m|
|全幅|>|CENTER:34.98m|CENTER:32.83m|CENTER:34.98m|
|胴体幅|>|>|>|CENTER:2.97m|
|翼面積|>|CENTER:197.04|191.30|197.04|
|自重|CENTER:9,160kg|CENTER:9,200kg|>|CENTER:10,930kg|
|最大離陸重量|CENTER:65,760kg|CENTER:73,480kg|CENTER:71,610kg|CENTER:73,480kg|
|[[エンジン]]|>|>|>|CENTER:[[ターボジェット]]×4基|
|~|ロールス・ロイス&br;[[エイヴォン 523>エイヴォン]]|ロールス・ロイス&br;[[エイヴォン 524>エイヴォン]]|>|CENTER:ロールス・ロイス&br;[[エイヴォン 525B>エイヴォン]]|
|[[推力]]|CENTER:44.5kN|>|>|CENTER:46.7kN|
|巡航速度|>|CENTER:805km/h|CENTER:850km/h|CENTER:805km/h|
|[[航続距離]]|CENTER:4,345km|CENTER:5,190km|CENTER:4,025km|CENTER:6,900km|
|最大限界上昇高度|>|CENTER:12,200m|CENTER:11,500m|CENTER:11,900m|

***バリエーション [#p2e3a44a]
-コメットMk.1:~
初期型。1954年の連続墜落事故により構造上の重大欠陥が判明、永久飛行停止となった。~
~
-コメットMk.2:~
エンジンをロールス・ロイス「[[エイヴォン]]」に換装した改良型。~
Mk.1の飛行停止により航空会社からの発注がすべて取り消され、[[英国空軍>RAF]]が[[輸送機]]として引き取った。~
~
-コメットMk.3:~
胴体の延長、エンジンの改良による[[航続距離]]の延伸など、抜本的な改良を施した型。~
アメリカでの[[耐空証明]]再取得遅延((これには、当時[[B707]]を開発中だった[[ボーイング]]の政治的工作があったといわれるが、真偽は不明。))により1機のみの生産に終わる。~
~
-コメットMk.4:~
Mk.3をベースとした最終量産型。~
1958年に英国海外航空のロンドン〜ニューヨーク線に就航し「ジェット機初の大西洋無着陸横断」を成し遂げたが、同時期にデビューした[[B707]]や[[DC-8]]より[[ペイロード]]が小さかったこともあってそれらとの販売競争に敗れ、74機の生産に終わる。~
~
-ニムロッド:~
本機(Mk.4型)をベースとした[[哨戒機]]。~
詳細は[[ニムロッド(哨戒機)]]の項を参照のこと。~
~
-シュド・カラベル:~
フランスのシュド・エストが開発・製造した、西側諸国初の短中距離路線向けジェット旅客機。~
コメットの技術を流用している。~

**英国(巡航戦車) [#e6a60113]
Cruiser Tank Comet(A34).~
~
英国が[[第二次世界大戦]]末期に開発した35t級の[[巡航戦車>戦車]]。~
イギリス陸軍最後の巡航戦車でもある。~
~
当時のイギリスは、アメリカからレンドリースされた[[M4「シャーマン」>M4(戦車)]][[中戦車]]を使用していたが、ドイツ軍の[[ティーガー>6号戦車]]や[[4号戦車]]には力不足であったため、17ポンド砲を搭載した巡航戦車として本車が開発された。~
>17ポンド砲を搭載する巡航戦車としては[[チャレンジャー(A30)>チャレンジャー]]が開発されていたが、車高が高く機動性にも問題があり、[[シャーマン>M4(戦車)]]に同じ砲を搭載したシャーマン・ファイアフライに比べて少数使用に留まった。

車体は[[チャレンジャー]]巡航戦車と同様に[[クロムウェル]]巡航戦車をベースにしているが、重量増加のためにサスペンションの強化や上部支持輪の追加が行われた。~
主砲として77mm((実際の弾頭径は76.2mmであり、口径が同じだが砲弾が異なるM4中戦車などで使用されていた76.2mm砲弾との混乱を防ぐために命名されたものである。)) HV(High Velocity:高初速)砲が搭載された。~
この砲は同時代のドイツ主力戦車である[[パンター>4号戦車]]の主砲である70口径75mm砲にも匹敵する威力を持っていた。~
~
量産車は1944年9月に軍に引き渡されたが、実戦に投入されたのは1945年3月のライン川渡河作戦以降であったため、対戦車戦闘はほとんど経験していない。~
また、[[朝鮮戦争]]にも投入された。~
~
1958年にはイギリス陸軍から退役し、アイルランドやフィンランド、南アフリカ共和国、ミャンマーに売却された。~
ミャンマーでは2007年まで現役であった。~
~
|>|CENTER:''スペックデータ''|
|乗員|5名(車長、砲手、装填手、操縦手、[[機関銃]]手)|
|全長|7.77m|
|車体長|6.55m|
|全高|2.67m|
|全幅|3.04m|
|重量|33t|
|懸架方式|クリスティ式サスペンション|
|[[エンジン]]|ロールス・ロイス [[ミーティアMk.>ミーティア]][[液冷>液冷エンジン]]4ストロークV型12気筒(600hp(447kW))|
|[[エンジン]]|ロールス・ロイス [[ミーティアMk.>ミーティア(エンジン)]][[液冷>液冷エンジン]]4ストロークV型12気筒(600hp(447kW))|
|最高速度|50km/h|
|[[行動距離>航続距離]]|250km|
|武装|50口径77mm高初速砲×1基(61発)&br;7.92mm ベサ[[機関銃]]((ブルーノ ZB53([[Vz.37]]の輸出型)を[[ライセンス生産]]したもの。))×1挺([[同軸>同軸機銃]]、5,175発)|
|[[装甲]]|砲塔:&br;前面101mm、側面63mm、後面57mm、上面16mm&br;車体上部:&br;前面76mm、側面32mm、後面25mm、上面12mm&br;車体下部:&br;前面76mm、側面32mm、後面38mm|
~
【バリエーション】~
-タイプA:~
クロムウェル巡航戦車と同じようにエンジンデッキ後部の上部に排気口を設置している。~
~
-タイプB:~
戦後にアップデートされた型。排気パイプをフィッシュテール型に変更している。~
初期のタイプBでは排気口に装甲カバーが装着されていた。~
~
-コメット・クロコダイル:~
火炎放射戦車型。~
[[チャーチル・クロコダイル>チャーチル歩兵戦車]]と同様の[[燃料]]圧縮トレーラーと放射口を車体前面機銃の位置に装備している。~
~
-コメット装甲メンテナンス車:~
南アフリカが運用していた装甲メンテナンス車(AMV)。~
オリファントMk.1A([[センチュリオン]][[戦車]]の発展型)の支援車両として使用された。~
~
-FV4401「コンテンシャス」:~
自走対戦車砲型。短くした車体にオープントップ式でL7 105mm砲を搭載。~
[[Sタンク>Strv.103]]と同様に油圧サスペンションで仰角の調整を行う。~
試作のみ。~
~
**日本(監視取締艇) [#kcc3cd35]
[[海上保安庁]]・監視取締艇「こめつと」(JCG Comet SS-78)。~
~
「おりおん」型監視取締艇の25番艇として2010年に就役。~
現在は第六管区・尾道海上保安部に所属し、広島県・尾道港を母港((書類上の母港は東京港(これは海保の船舶すべてに共通)。))としている。~

**ソ連(空対艦ミサイル) [#ibe012a4]
Raduga KS-1 "Commet"~
[[冷戦]]期、ソ連が開発した初期の[[空対艦ミサイル]]。~
[[NATOコード]]はAS-1"&ruby(ケンネル){Kennel};"。~
~
[[ミサイル]]は[[MiG-15]]を縮小したような姿となっている。~
誘導方式は[[INS>慣性航法装置]]([[中間誘導]])/[[セミアクティブレーダー誘導]]([[終端誘導]])方式。~
主に[[Tu-16]]に搭載された。1969年に退役。~
~
|>|CENTER:''スペックデータ''|
|全長|8.29m|
|直径|1.20m|
|翼幅|4.77m|
|重量|3,000kg|
|[[エンジン]]|クリーモフ [[RD-500K>RD-500]][[ターボジェット]]|
|射程|90km〜100km(最大)|
|最高速度|[[マッハ]]0.9|
|誘導方式|[[慣性誘導>慣性航法装置]](中間誘導)&br;[[セミアクティブレーダー誘導]](終末誘導)|
|弾頭|[[HE>榴弾]] [[装甲]]貫通弾頭(600kg)&br;核(12kt)(FKR-1)|
|発射[[プラットフォーム]]|[[ツポレフ]][[Tu-16「バジャー」>Tu-16]][[爆撃機]]&br;KrAZ-214トラクターにより牽引される運搬・発射用半トレーラー(SCC-2a Salish)&br;固定式発射台(SCC-2b Samlet)|

【派生型】~
-S-2"Sopka"沿岸防衛システム(GRAUコード:4K87、[[NATOコード]]:SSC-2b "Samlet"):~
[[地対艦ミサイル]]型。SPRD-15補助ロケットを装備。~
冷戦時代にはポーランドや東ドイツなどの東欧諸国に広く配備された。~
[[第四次中東戦争>中東戦争]]でも使用された。~
ソ連では1980年に退役。~
~
-FKR-1(NATOコード:SSC-2a Salish):~
[[核弾頭>核兵器]]搭載型。射程180kmで12[[kt>キロトン]]の[[戦術核弾頭>戦術核兵器]]を装備。~
~

IP:14.10.33.33 TIME:"2022-12-09 (金) 22:30:04" REFERER:"http://mmsdf.sakura.ne.jp/public/glossary/pukiwiki.php?cmd=edit&page=%A5%B3%A5%E1%A5%C3%A5%C8" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 10.0; Win64; x64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/108.0.0.0 Safari/537.36"

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