*&ruby(えむわん){【M1】};
アメリカ陸軍と海兵隊の現行[[主力戦車]]。愛称は&ruby(エイブラムズ){Abrams};~
現行MBTの中では最強の名を冠する戦車の一つである。~
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開発は1972年から始まったのだが、開発に到るまでには紆余曲折の長い道のりがあった。~
M1が登場するまで米国のMBTはM48パットンの発展系であるM60スーパーパットンを使用していたが、当時は冷戦の真っ只中でソ連は55口径115佶い鯏觝椶靴T-62、51口径125佶い鯏觝椶靴T-65を主力とした機甲兵力の整備を大規模かつ急速に推し進めていた。M60は優秀な戦車ではあるが第2世代戦車であり、小手先だけの改良でソ連の新型MBTを主力とした機甲兵力に対抗するのはもはや限界であった。そのためドイツと共同で新型MBT開発計画MBT70を立ち上げたが、過大な性能要求(例を挙げるならば152丱ンランチャー)によるコスト超過と要求仕様の相違からキャンセルされてしまう。~
これによりヨーロッパでソ連の機甲兵力に対抗することは将来的に困難になることが予想された。しかしながらソ連とは海を隔てている為機甲兵力への危機感の薄いアメリカ議会は莫大なコストのかかる新型MBT開発計画を嫌い、その後立ち上げられたXM803計画をキャンセルした。~
一方1965年頃CIAはソ連の新型MBT開発計画(後のT-72)を入手し、国防省情報部がそのデータを分析した結果M60では撃破不可能というレポートを製作し、資料と共に議会に提出したことで議会はやっと危機感を感じ、新型MBT開発計画XM815を承認した。~
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1973年に陸軍はゼネラル・モータース社(GM)とクライスラーディフェンス社に対して試作車を競作させた。試作車に求められた性能はM60を全ての面で上回ること、T-72を撃破凌駕すること、複合装甲を採用し防御力を強化することの3点であった。1974年末に両社の試作車両の製作が完了し、2年間にわたる試験の結果クライスラーディフェンス社の試作車両を採用することを決定し、XM1として採用した。1978年から部隊試験が開始され、1980年2月に1号車が完成し、『M1エイブラムズ』として正式採用した。~
なお、愛称のエイブラムズは陸軍参謀総長でWW競疋ぅ跳該埜紊梁腟模攻勢『バルジの戦い』で勝利をもたらし、このプロジェクトの最大の推進者であった『クレイトン・エイブラムズ』から採られている。~
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