【F-104】(えふいちまるよん)

愛称はSTAR FIGHTER(スターファイター)。 航空自衛隊がつけた愛称は栄光(えいこう)
スカンクワークスが設計した、世界初のマッハ2クラス戦闘機

他の戦闘機音速?を超えるため四苦八苦していたのに対し、本機は設計段階からマッハ2クラスの高速性が盛り込まれている。
そのため、敢えて直線翼を採用し、またその主翼も小面積、翼厚比36%という刃物のような極薄翼を備え、徹底的な抗力の減少が図られている。
その細身の機体と三菱重工?がライセンス生産していたことから「三菱鉛筆」などとも揶揄された。
当時、大陸間弾道ミサイルなどの登場でミサイル万能論が浸透しつつあった時代であり、もう戦闘機は不要になるなどと言われていた事から「最後の有人戦闘機」と呼ばれた。

現在でも通用するスバ抜けた加速力と上昇力との引き換えによる胴体の細さが災いし、SAGE(半自動地上誘導迎撃システム)のデータリンクや、レーダー誘導ミサイルが使用できず、燃料タンクも小さいことから航続距離も短く、アメリカ空軍自身の配備数は少数にとどまった。
高い翼面荷重ピッチアップ?など運用面での悪癖も数多く、速度と上昇力以外に見るべき性能がないことから制空戦闘機として扱いにくかったのもその一因であろう。
またその悪癖から、事故率が高く「Widow Maker(未亡人製造機)」と皮肉られたこともある。

アメリカ以外ではF-86の後継機として航空自衛隊NATO?諸国に採用され西側陣営の主力機として2000機以上も生産されたが、アメリカ空軍でさえ諦めた「制空戦闘機」としてのF-104を「使いこなせたのはドイツと日本だけ。」と語り草になっている。
NATO?の尖兵であったルフトバッフェのF-104Gは戦闘機としてのみならず、翼面過重?が大きいという特性を活かし、地形追随飛行による阻止攻撃の任務も担っていた。しかし地形追随レーダー慣性航法装置を備えていたものの、機動性の低さが災いして墜落事故が相次いだ。阻止攻撃任務を満足に担うにはトーネードの登場を待つこととなる。
また、旧西ドイツ海軍では小型・高速で排気煙が少ないという特性を生かし、AS30?コルモラン?を搭載して対艦攻撃任務に就いた。

現在、イタリア空軍のみアップデートされAIM-7アスピデが搭載できるF-104Sを運用中であるが、タイフーンと更新が進んでおりまもなく退役する見通しである。
航空自衛隊が運用していたのは単座型のF-104Jと複座型のF-104DJであった。

なお、台湾空軍がアメリカ経由で航空自衛隊から退役した三菱重工製のF-104J/DJを入手した、という事実はあまり知られていないようである。

実戦での活躍は少なく、台湾空軍機が中国軍のMiG-19二機と金門島付近で交戦し、これを撃墜した。
パキスタン空軍機は第二次・第三次インド・パキスタン戦争?に参戦し、第二次では多少の戦果をあげたが、第三次では支援のために派遣されたヨルダン空軍機ともどもインド軍に惨敗している。
ベトナム戦争では、爆撃機の護衛任務についたが航続距離不足のために随伴できず、対地攻撃では武装搭載量不足で、CAP任務ではRWRが未搭載だったためSAMによる被撃墜が多かった。
イタリア軍機はアライド・フォース?作戦で護衛任務に参加したが、交戦することはなかった。

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