【徴兵制】(ちょうへいせい)

「国民は外敵から国を守る義務を負う」という主張に基づき、一定の年齢に達した自国の国民を軍隊へ強制的に徴集して数年間の軍役に服させる制度。
多くの場合は、定められた服務期間を終えた後も一定の年齢に達するまでは「予備役」「後備役」(いわゆる「在郷軍人」)として有事の際に動員され、結果として長期の戦争における戦死傷者の補充要員が確保される事になる。

徴兵を拒否するのは多くの場合重大な違法行為であり、軍隊における脱走や敵前逃亡に準じて、命令不服従、脱走罪、敵前逃亡罪として死刑・終身刑とする国家もある。
現代では、当人が希望すれば兵役の代替として公共に益する労役(介護や消防活動など)に従事する「良心的兵役忌避」を認める国も多い。

普通は事前に「兵役検査」を行って来歴、身体能力、健康状態をチェックし、兵としての任に耐えない(あるいは兵士にするよりも他の訓練や職業に就かせた方が良いか、強制収容所に隔離した方が良い)と判断された者は徴兵の対象としない*1。同様の理由から女性も徴集されない場合が多い。
また、国によっては政府で予め「候補者リスト」を作成しておき、この中から抽出された者に対して検査を行って徴兵する場合もある*2

徴兵制を敷く国家でも、本人の自由意志による志願入隊は可能なのが普通。特に高度な専門技術が要求される海軍や空軍はおおむね志願兵のみで充足する。

関連:赤紙 良心的兵役忌避

戦略的意義

徴兵制の萌芽は、1800年前後のフランス第一共和制、フランス第一帝政においてナポレオンによって確立されたものとされる。
それまでの軍制は、中世の封建時代以来、王侯貴族や寺院・教会などといった特権階級が各自で集めてきた民兵傭兵を束ねて戦争に投入する方式が主体であった(この点は、中央集権の進んだ絶対王政国家においても基本的に変わらなかった)。
徴兵制で集められた兵士は、それら旧来の制度で集めた兵に対して取り立てて士気が高いわけではなく、訓練が行き届いているわけでもなく、むしろ弱兵と呼んで良いものであった。

しかし
「常時一定数の戦力を維持できる」
「損耗からの回復が早い」
「高級軍人になっても政治的後ろ盾を得られないため。反逆や参戦拒否や他国への内応が困難である」
などの利点があり、これによって民兵傭兵には絶対に許容できないような多大な損害を伴う強襲作戦を可能にした*3
この戦略的利点は他の制度では決して対抗できないものであったため、近代に至るまでに世界各国が徴兵制を推進していった。この裏で旧来の民兵を擁する諸勢力と中央政府の紛争も頻発しているが、民兵を擁して封建制や絶対王政を支持する勢力が最終的な勝利を得る事はなかった。

とはいえ、軍人の専門職化が進んだ現在では職業軍人でなければ十分な訓練を行う事が難しく、また単純な兵士数の多寡が必ずしも勝敗を左右しない低強度紛争の脅威が増大している事、大量破壊兵器の登場と相互確証破壊理論の確立によって長期間にわたる全面戦争が起きにくくなったなど、時代の要求に即した制度とは言い難い面が多くなっている。
加えて、徴兵の対象となる10代末期〜20代前半の世代は、人間の生物学的能力(身体能力・知的能力)の成長がピークを迎える時期でもある。
そうした世代の若者を、政府が組織的・網羅的に非生産的活動へ送り込んでしまうことで彼らの学究・技能キャリアを断絶させ、社会全体の生産力を低下させ、人件費の上昇と税収の損失を招くなどといった弊害を引き起こし、長期的に見ると国力を疲弊させる原因ともなっていると指摘されている。
このため、先進国を中心に
良心的兵役忌避の合法化・兵役代替措置の創設」
「徴兵免除となる対象の拡大」
「服役義務年限の短縮」
などの措置を取って運用を縮小したり、制度自体を廃止・停止する国が増えている。

主要各国における徴兵制の現状

日本外務省やアメリカ合衆国中央情報局(CIA)の発表資料などによると、現在、世界で軍隊(またはこれに類する国防のための武装組織)を持つ約170の国家のうち、徴兵制を採用しているのは67ヶ国、とされている。
以下に、主要国における徴兵制の採用・不採用をまとめた。

  • 徴兵制非施行国
    日本・イギリス・カナダ・オーストラリア・フランス・イタリア・スペイン・ポルトガル・ベルギー・サウジアラビア・ヨルダン・パキスタン・バングラデシュ・アイルランド・ニュージーランド・アイスランド・インド・赤道ギニア・アルゼンチン・コスタリカ・チェコスロバキア・ハンガリー・ニカラグア・ルーマニアなど
    • 歴史上、一度も徴兵制を施行したことがない国
      ニュージーランド・アイスランド・インド
    • 軍隊を保有していない国
      アイスランド・コスタリカ
  • 徴兵制施行国
    ドイツ・スウェーデン・デンマーク・フィンランド・ノルウェー・スイス・ロシア・韓国・北朝鮮・イスラエル・トルコ・台湾・エジプト・マレーシア・シンガポール・ポーランド・カンボジア・ベトナム・タイ・アルジェリア・キューバ・ギリシャなど
    • 女性も徴兵の対象となる国
      イスラエル・マレーシア*4
    • 兵役の代替役務が用意され、良心的兵役忌避が合法化されている国
      ドイツ・スウェーデン・デンマーク・ノルウェー・スイス・台湾・ロシア・フィンランド・ギリシャ
    • 良心的兵役忌避は認めていないが、兵役の代替措置を政府が用意している国
      韓国
    • 良心的兵役忌避が一切認められておらず、兵役の代替措置も用意されていない国
      北朝鮮・トルコ
  • 徴兵制の運用が停止されている国
    アメリカ*5・中国*6・ミャンマー*7

現在の日本における「徴兵賛美・復活待望論」

上記のとおり、日本では現在徴兵制は行われていないが、近年、保守派の政治家・知識人・文化人などの一部から(たいていは、発言者の「個人的見解」として語られるが)徴兵制を賛美したり、または復活を望む旨の主張が出てきている。
ただしこれらは、
「軍事教練と兵舎での規律ある共同生活により、『国家・社会への忠誠心』『忍耐』『協調性』『規範意識』などを学ぶことができる」(いわゆる「ニート徴兵論」など)*8
「(徴兵制施行国では兵役の対象が概ね男性のみになっていることから)精神・肉体の鍛錬によって男性の『男らしさ』が高まり、性的魅力の向上にも繋がる」*9
など、本来の趣旨とはかけ離れた観点からなされているものがほとんどであり、また、発言者自身が「仮に徴兵制が再施行されたとしても徴集の対象になりにくい女性や中高齢男性であるケースが多い」事、軍隊と教育機関とを混同して捉えている事などから批判を受け*10、支持者はごく少数に留まっているのが現状である。

なお、現在の日本では内閣法制局が「徴兵・兵役は日本国憲法で禁じられている『意に反する苦役』にあたり違憲」との見解を出している。*11
更に防衛省自衛隊においても、自衛官の募集・採用にあたっては分野に応じた多数のコースを設定し、各コースごとに志願者の中から能力・適性のある者を選抜して採用する指針を取っているが、その競争率は、最も低い「任期制2等陸海空士」コースでも3倍前後、防衛大学校の一般入試枠では最高で80倍前後と、合格者よりも不合格者の方が圧倒的に多いため、予測可能な将来の範囲内で徴兵制が採用される可能性は皆無に近いといわれている。


*1 この選定基準は必然的に「大地主・政治家・高級官僚・学者のドラ息子は戦争に行かなくても良いのに、一般庶民の息子はどこかの奥地で一巻の終わりになってしまう」というような情勢を作り出すため、恣意的な人種差別・階級差別であるとする批判が根強い
*2 この場合は、リストへ名前を載せるための手続きが義務化され、それを拒むと罰則が適用されるという形が取られることがある
*3 裏を返せば死傷する兵士の数が激増した事も意味するし、そうと気づいた所で参戦を拒否できなくなったという事でもある。
*4 イスラエルでは女性の兵役期間は男性より短い。マレーシアでは女性は「くじ引きで当選した」者だけが入隊する事とし、当選率は男性よりも低くされているようだ
*5 1973年に運用を停止したが、現在でも国防総省?で徴兵対象者の名簿が作成されている
*6 法制度としては存在するが、志願者だけで定員が充足されるので事実上運用停止となっている
*7 国内事情により実質運用停止中。ただし、義務教育における軍事教練は行われている。
*8 この主張には、少年犯罪などの現代日本におけるモラル崩壊の一因を、第二次世界大戦の敗北による徴兵制や教育勅語・軍人勅諭の廃止に求めようとする方向性があると見られる
*9 これにより「婚姻率の増加と初婚平均年齢の引き下げが図られ、少子化の緩和効果も期待できる」としているが、現実にそうした国では、兵役がむしろ婚姻の阻害要素になってしまっている
*10 事実、自衛隊でも隊内の強ストレス環境下での生活が原因の精神病や、自殺・犯罪などが多く報告されており、むしろ教育上逆効果との批判もある
*11 日本国憲法第18条:何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

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