【炭疽菌】(たんそきん)

Bacillus anthracis

好気性のグラム陽性桿菌*1で、長さは4〜8μ、幅は1〜1.5μと病原菌のうちでは最大の桿菌。

すでに数えきれないほど発見されている病原微生物のうち、最初に発見されたもので、炭疽症を引き起こす。
栄養や温度などの環境が悪い状態に置かれたり、毒性を示す化合物に接触すると、「芽胞」とよばれるきわめて耐久性が高い細菌構造をつくることが特徴。
これにより、乾燥状態でも10年以上生存する。
また、生体内で増殖した菌の周囲には厚い「莢膜(きょうまく)」とよばれる細胞壁の外側に位置する被膜状の構造物があり、加熱、日光、消毒剤などに強い抵抗性を示すため、菌に汚染されたものはすべて焼却するか、塩素剤やヨード剤などを使って徹底的な消毒を行わねばならない。

炭疽症

anthrax.
上記の炭疽菌によって引き起こされる感染症で、羊やヤギなどの家畜や野生動物が引き起こす感染症だが、ヒトにも感染する人獣共通感染症である。
そのため、第二次世界大戦前の日本では輸入した獣毛や皮革を扱う加工業者や、肥料用の輸入骨粉を用いた農業従事者に多く感染がみられ、現在ではテロ以外ではおもに家畜に接する機会が多い獣医や食肉処理場の従業者、酪農家などが数人感染する程度。

ヒトへは感染動物との接触やその動物の毛皮や肉から感染するが、ヒトからヒトへの感染はしない。
ヒトの場合は感染症予防・医療法(感染症法)で4類感染症に分類される。

この炭疽症は感染経路によって3つの炭疽症に分類される。

  • 肺炭疽
    炭疽菌が空気とともに肺に吸入された場合、インフルエンザのような症状を呈し、高熱や咳、膿、血痰を出し呼吸困難に陥る。
    未治療での致死率は90%以上。
  • 皮膚炭疽
    皮膚の傷口から感染した場合に発症し、1〜12日間の潜伏期間の後、にきびの様な丘疹があらわれ、水疱となり、黒色の潰瘍壊死にいたる。
    未治療での致死率は20%以上。
  • 腸炭疽
    炭疽菌が食物とともに口から入ると、1〜7日間の潜伏期間の後、吐血や下痢を伴う腹痛がおき、その後発熱や敗血症の症状が表れる。
    未治療での致死率25%〜60%。

生物兵器への転用

生物兵器への利用が可能な病原体には「短期間で致命的な感染症を起こす」「ヒトからヒトへと伝染しない」「有効な治療薬やワクチンがあり、菌を兵器として使った後での環境修復が容易」という性質が特に重要視される。

炭疽菌は、もしもアメリカの首都・ワシントン上空で空中にばら撒いた場合、13万から300万人の死者が出るほどの強い毒性を持つが、ヒトからヒトへの伝染はしない。
ワクチンについても弱毒性の菌を用いる弱毒生菌ワクチンが初めて開発されている。
また菌の培養も比較的簡単なため、第二次世界大戦期から各国の軍事機関によって生物兵器としての応用が積極的に研究された細菌のひとつだった。

しかし、研究により菌の特性が明らかになるにつれ、芽胞の形成で土壌汚染が半永久的に続くため、使用した後の土地への移入ができなくなり、ワクチンの効力が十分とはいえないという欠点が明らかになったため、戦争では公式な実戦投入は行われなかった。

しかし、2001年のアメリカ炭疽菌事件で実際に使用されたことをきっかけに、生物テロに利用される危険性が注目され、現在重要視されている。

現在、米国疾病センターはこの炭疽菌と天然痘にとりわけ注意を払っており、日本では「バイオセーフティーレベル(BSL)?」のレベル3病原体に分類され、また研究施設での使用、保管状況が厳重に監視されている。


*1 球菌やらせん菌と対比して使われる細菌学用語で、棒状または円筒形の細菌をいう

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