【静安定緩和】(せいあんていかんわ)

Relaxed Static Stability(RSS)

航空機を設計する際、機体の静安定性を意図的に劣化させる事。

静安定緩和された機体は総じて不安定になり、航行中に無軌道に揺れ動くようになる。
大きく短い振れ幅で、姿勢が乱れたまま収拾が付かなくなる危険な挙動である。

基本的にはどんな乗り物も放っておけば無軌道に揺れ動く。
しかし、静安定性が高ければ揺れ幅が自然と収まり、姿勢の変化も小さく留まる。
特に飛行機は典型的に水平角度で安定し、自然と前進方向に戻っていく。
しかし、静安定性の値が極端に低い場合、そのような安定は全く期待できなくなる。

これを直進させるために、アビオニクスによる毎秒数十回以上の自動操舵を行う。
実際の操舵もフライバイワイヤーで仲介され、全ての操作を逐一アビオニクスが補正する。
これにより、正常な巡航能力を維持したまま、危険な挙動を容易く行う運動性を獲得できる。
ただし、電子的トラブルが発生すると制御回復が困難で、大抵はベイルアウトするしかなくなる。

1960年代から、戦闘機運動性の限界を突破する試みとして研究が開始され、1974年のF-16で初めて実用化された。
この技術の実用化によって全て人力で制御していた時代の安定した飛行を第一にした設計から解放され、求める性能のために安定性を犠牲にした自由な機体設計が可能となった。*1
現代では戦闘機設計の基本原則となり、現行の戦闘機のほぼ全てに採用されている。
一方、ベイルアウトの機構を持たない旅客機などでは採用されない。

また、不安定な状況で飛行を維持する制御技術は多くの航空機に応用されている。
ステルス性を確保する場合など、機体形状の自由度を高めるために静安定緩和の技術が用いられている。

関連:CCV 負の安定性?

静安定性と運動性

静安定性は機体を風雨や振動などから守り、安定した巡航を可能にする。
静安定性は凧から飛行機に至るまで、人間が操作して空を飛ぶ際は必要不可欠な作用である。
静安定性が低いという事は、同じ状況でもより大きく揺れ動き、失速しやすく、墜落しやすいという事である。

その一方で静安定性は操舵を阻害し、離陸着陸マニューバーなどを困難にする。
静安定性を落とせば、機体は振動や風などの些細な原因で大きく姿勢や軌道を変えるようになる。
操舵に対しても機敏に反応し、運動性が向上し、緊急時の操作をより俊敏に行えるようになる。
しかし、些細な原因で揺れ動くため、静安定性の低い航空機は直進し続けるのが困難になる。

よって、静安定性は高ければ良いというものではないし、低いのも問題がある。
運用に応じた最適な値になるよう静安定性を調整するのは航空力学の基本的な常識であるが、「運用に応じた最適な値」は、当然、人間に操作可能かどうかを考えて定義されている。
静安定緩和はこの前提を覆し、コンピュータが追随可能かという別の観点での再定義を行うものである。
1970年代以降のコンピュータは人間の行動より高速であるため、より低い静安定性でも実用に耐えられるようになった。

ただし「電気系統が故障せず、プログラムに不具合が生じなければ」の話である。
運動性によって軽減される被撃墜のリスクに比べれば、電子的トラブルのリスクは微々たるものだ。
しかし逆に言えば、撃墜される可能性を想定しない場合、静安定緩和は総じて不合理である。


*1 つまり、現代の飛行機の多くは飛行機なのに全く飛べない不自然な形をしていると言える。

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