【浸透】(しんとう)

Infiltration.
一般的には、物体の隙間をすり抜けて液体が通過したり、内側に入り込む事。

軍事に関する用語としては、以下の二通りの意味がある。

陸戦における浸透

陸上戦闘においては、敵の警戒網や戦線をすり抜けて部隊を侵入させる事を指す。
侵入する部隊は隠密行動を取るが、その支援として他の部隊飽和攻撃陽動を行う事が多い。
浸透した部隊に基地施設や司令部などの兵站を破壊させ、もって敵の戦線を崩壊させる事を目的とする。
兵士を浸透する水に見立てる発想は古代からあり、「勝兵は水に似たり」「兵に常勢無く、水に常形無し」などとも謂う。

古来の戦争において、そうした浸透作戦は騎兵の役割とするのが常道であった。
歩兵などの主力部隊が攻撃を仕掛け、離れた場所への展開を封じ、その間隙をすり抜けて浸透するのである。
そうした作戦は何よりも機動力が重要であり、騎兵ほどこれに適した兵科はなかった*1
また、浸透した部隊は長時間に渡って敵中に孤立するため、高い練度・敵前逃亡しない忠誠・作戦を理解する教養が必須とされた。
そして中世までの軍隊において、練度と忠誠と教養を個々の兵士にまで要求できるのは騎士騎兵のみであった。

しかし、そうした戦術は20世紀初頭、機関銃の登場によって変質する。
浸透を試みる騎兵を撃滅するのに、事前に掘った塹壕と一丁の機関銃があれば事足りるようになったからだ。
これは即ち、騎兵という兵科と兵器としての馬の役割が終焉を迎える事を意味していた。

代わって、浸透作戦を行うようになったのは徴兵制によって確保された近代の歩兵である。
義務教育・事前の訓練・指揮系統の一本化により、練度と教養を確保しつつ、不忠者を粛々と処刑*2する事で浸透作戦が可能となった。
以降、砲兵制圧射撃によって敵軍を足止めし、その隙に歩兵が斬り込むのが浸透作戦の基本系となった。

現代では自走砲近接航空支援によって拘束し、機械化された歩兵が浸透するのが、大規模な陸戦の基本形となっている。
より小規模な戦線単位では、第一波で突撃する主力戦車が敵軍を拘束し、その後ろから歩兵が浸透していく場合もある。
そしてもっと小規模な戦闘では、同じ歩兵がある時は制圧射撃と浸透を兼任し状況に応じて役割を入れ替えながら進軍する。

情報戦における浸透

情報戦においては、日常的な諜報活動により、敵対勢力の人員を協力者・スパイへと転向させる試みを「浸透」と呼ぶ。

秘匿された情報を手に入れようとする際、諜報機関に籍を置く正規の構成員が直接どこかに潜入する事はほとんどない。
警備された建物に侵入するよりも、その建物に正規の手続きで出入りできる人間を買収した方が安全であるからだ。
いわゆるスパイのほとんどはただ単に祖国や雇用主を裏切っただけの人間であり、特に専門的な訓練など受けていない。

典型的な浸透工作は、マスコミに対する買収工作、または海外資本で国外に企業・宗教・財団などを設立する事から始まる。
古くは危険思想団体・テロ組織の設立支援を行う場合も多かったが、時代を経るにつれ敵地の法律を研究した検挙困難な手口へと洗練されている。
そうした組織が現地で活動を行う際、その意志決定は必ずスポンサーや指導者や実働要員の意向を受け、それらの関係者に報告・連絡・相談される。

……というのが諜報活動の観点だが、反面、それが偏執狂的な人間の視点である事も否めない。
民間レベルの陰謀論で「〜〜社は〜〜国の手先だ」などと言われる事は多々あるが、おそらく、人々が妄想しているようなやり方では浸透していない。
成功裏に続いている諜報活動の内容が民間に流布しているはずはなく、失敗したのならスパイがまだそこに居座り続けているはずもないからだ。

また、社会的に成功した特定個人を調べ上げ、思想・経済的な人脈として接触する事も広範に行われる。
著名人には有益な情報を持つ知人に会わないという選択肢がなく、企業には誠実な取引先との取引を打ち切るという選択肢がない。
従って、ただ仕事上のフェアな取引を続けるだけで、その人物の視点における「合理的判断」を諜報機関に有利なよう誘導する事が可能になる。

反戦団体を票田とする代議士は、代議士として活動する上での合理的判断に因る限り、戦争反対運動に賛同するはずだ。
だが、それは代議士本人が反戦思想家であるとか、反戦団体の活動内容に感銘しているという事を必ずしも意味しない。

関連:敗北主義 平和主義


*1 ただし、河川での水運、現地のスパイなど、騎兵以外の方法で達成した例も少なくない。
*2 軍権が統一されていない封建諸侯の混成軍で「公正な裁判」「厳正な論功行賞」など夢物語である。
  司法が理不尽だと思った諸侯は武力行使や暗殺で判決を覆そうとする可能性があるし、そもそも大抵の紛争は誰かがそうしようとした結果として生じる。


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