【治安出動】(ちあんしゅつどう)

自衛隊法で定められた、自衛隊の行動に関する規定の一つ。
国内で暴動、騒乱、クーデターなどが発生し、警察力では解決が不可能になった場合において、治安を回復する目的で自衛隊展開させる事。
都道府県知事の要請および内閣府での検討に応じ、内閣総理大臣の権限によって発令される。
また、発令に際して必要であれば海上保安庁も防衛大臣の統制下に置かれる。

出動部隊所属の自衛官(及び海上保安官)には警察官職務執行法が準用され、必要に応じた武器の使用が認められる。
無論、正当防衛および緊急避難を除いては部隊指揮官の命令に従わなければならない。
しかし、部隊指揮官は暴徒の殺害を決断するものと推定され*1、流血はまず避けられない。

法令としての運用実態

自衛隊法の制定から2011年現在に至るまで、自衛隊に治安出動が発令された事はない。

1960年代、日本国内で共産主義者の扇動による市民団体・学生・労働組合の暴動が多発。
これに対して国内のテロリスト排除を目的とした治安出動が検討されたが、棄却された。*2

1995年、地下鉄サリン事件への対応として治安出動に備えた警戒態勢が敷かれた。
オウム真理教への強制捜査に対し、信徒による報復テロの発生を警戒してのものである。
報復テロが発生する事はなかったため、実際に発令されるには至らなかった。

治安出動の発令は、日本国内の治安が崩壊した事を公的に宣言するも同然である。
諸外国は当然この事態に対応し、各国で「渡航の安全に関する情報」が発表される事になる。
日本へ渡航しようとした外国人の多くは引き返して母国に戻り、滞在中の外国人も国外に退避する。
こうした措置は貿易や通信を大きく制限し、国家経済に甚大なダメージを与えるだろう。

また、治安出動は国民の人権を事実上剥奪し、これを「暴徒」として殺害する行為に他ならない。
これを行えば人道的見地から激しい批判を避けられず、国の内外を問わず国家の威信を大きく傷つける。

さらに、暴力による人間の排除は、それに数倍する遺族・関係者に怨恨を植え付ける行為でもある。
そうした被害者が報復を望み、反政府テロに傾倒する事はまずもって疑いない。

「自衛隊に射殺された暴徒の家族」が事件後に正常な社会生活を営めるとは考えにくい。
多くは有形無形の社会的差別を受ける事となり、被害者同士での相互互助を必要とするようになる。
結果、怨恨で結ばれた市民団体が一つ誕生する事となり、これがテロリズムの温床となる。
そして「テロリズムの温床として弾圧される」「弾圧に耐えるために相互互助する」という悪循環が形成される。*3

このように、治安出動には国家経営上とても無視できないリスクがつきまとう。
あらゆる近代軍隊がそうであるのと同様、自衛隊が実戦に投入されるのは既に最悪の事態である。
治安出動は治安維持における「伝家の宝刀」であり、それを鞘から引き抜く事は誰にも望まれていない。*4


*1 それ以外の手段で治安が回復できるなら、治安出動が命じられる事はないだろう。
*2 1970年にはこれを不服とした私兵集団「楯の会」によるクーデター未遂事件「楯の会事件」が発生している。
*3 近代以前の死刑制度で「事件に無関係な者も含めて一族郎党皆殺し」との判決が下る事が多いのはこのためである。
  「生かしておけば必ず将来の禍根となる」と主張する為政者は多く、その主張は単なる被害妄想ではない。

*4 古来、「一族伝来の宝刀」の一本も佩かない大将は侮辱や嘲笑を受けるものだった。
  しかし、自ら「伝家の宝刀」を抜いて敵と戦うような大将はそれ以上に侮辱されるし、そのうち負けて死ぬだろう。


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