【軍法会議】(ぐんぽうかいぎ)

軍人・軍属が関与した犯罪を扱う裁判。およびその裁判を執り行うために配置された人員。
「軍事裁判所」「軍事法廷」とも呼ばれる。

大別して、以下の2種類に分けられる。

常設軍法会議

基本的に憲兵組織の隷下に置かれ、憲兵が扱った事件を担当する裁判所。
国内法に則って通常の裁判を執行するもので、特殊な法律が適用されるわけではない*1
審理・裁決は通常の裁判と同様に公開され、被告人にも弁護人を呼ぶ権利が与えられている*2

ただし、以下の点で通常の裁判所と異なる。

  • 裁判官は全て法曹であると同時に軍人または軍属で、被告と同等以上の階級を要求される*3
  • 裁判長の職務は師団長艦隊司令官などの部隊指揮官が兼任する。
  • 「真実の究明」よりも「軍隊の指揮命令系統の維持」が優先される*4
  • 敗走した指揮官の責任*5、軍事行動の法的正当性など、軍事行動に特有の案件を扱うケースが多々ある。
  • 戦術戦略的な分析が必要とされる案件の場合、事件性よりも戦訓検討が重視される*6

軍法会議の問題点

前述のような特性を持つ関係上、審理・裁決の公平性には多大な疑問の余地がある。
軍隊そのものの維持管理が法律上の正当性より優先されるため、判決が不公平になるのは構造上避けられない。
一例として、以下のような構造的歪みが指摘されている。

  • 被害者が「本国の国籍」を持たない場合には非常に甘い処分が下される傾向にある。
  • 被告人の階級の高低と処分の厳しさが反比例の関係になる。
    階級が高いほど処分が甘くなる*7一方、階級の低い下士官・兵には見せしめとして極端に厳格な判決が下る事がある。
  • 軍事的・外交的・政治的な理由から意図的に不公正な判決が下る事がある。
  • 裁判参加者が「身内」で固まる性質上、事前の談合によって裁判自体が茶番になる可能性が高い。
    民事事件の多くが調停や示談で解決するのと同様、誰も「正義」や「真実」を重視しないのであれば当然のように起こりうる事ではある。

ドイツなどいくつかの国家ではこれらの不公正性が重大な問題とされ、軍法会議の制度が廃止された。
そうした国家では、一般の裁判所が「軍刑法」に基づいて軍事的案件を処理するものと定めるのが一般的である。

ドイツでは、これに加えて兵士を不当な圧力から保護する制度が整備されている。
イジメやパワー・ハラスメントなどに対する法的な告発を行う権利が、階級を問わず全ての兵士に与えられている。

特設軍法会議

戦時に招集され、利敵行為敵前逃亡・命令不服従など*8軍事的案件のみを扱う裁判。
基本的には尉官以上の軍人(将校・士官)を3人集めればいつでもどこでも開催する事ができ、通常の法よりも戦時法が優先される。
つまり、戦時中の軍隊が敵を射殺する事が許されるのと同じ理由から、容疑者をほぼ即時に射殺する事も許される。

こうした極度に簡易で恣意的な裁判制度が成り立つのは、まさしくそのような裁判制度が必要とされるためである。
有事において決断の遅れは将兵の死に繋がるため、敵を殺害する決断に際して煩雑な手続きを要求するべきではない。
そして利敵行為・命令不服従を行う者は敵であるから、これを射殺する決断は迅速に行われる必要がある。
そうした決断が間違いである可能性は非常に高いが、どんな頓珍漢な命令であろうと緊急時の沈黙よりは望ましい。

とはいえ、こうした制度が「虐殺行為」を正当化するための言い訳に利用される事は否めない。
ただ、「特設軍法会議で下した決断が妥当であったかどうか」もそれ自体で軍法会議の対象となり得る案件である。
戦場での残虐行為はしばしば許容されるが、決して「常に」「無制限に」許容されるわけでもない。

自衛隊の場合

現在の日本国憲法は「特別裁判所*9」の設置を禁じており、このため自衛隊は軍法会議(及び営倉・軍刑務所などの刑事機関)を設置していない。
そのため、自衛官やその他の防衛省職員(背広組)が関与した軍事的案件に対しても一般の刑法が適用され、刑事訴訟法に則って処理される*10

この事から、「有事の敵前逃亡・命令不服従を正当に裁く事ができない」として憲法の改正を求める声も一部にある。
一方で「終審さえ最高裁判所の管理下であれば良い*11ので、自衛隊内に裁判所を設置する事は合憲である」と解釈する事も可能ではある*12
ただし、日本国内に事実上の軍法会議を設置する事は合憲か否か、という点について参考にできる判例はない。


*1 ただし、ほとんど全ての国家は、大なり小なり軍人が犯した犯罪についての特例を定めている。
*2 そのような法的原則を尊重する国家であれば、という但し書きは必要であるが。
  非公開の暗黒裁判が常態化しているような国家であれば、当然ながら軍法会議もその例に則る事になる。

*3 軍隊に限った事ではないが、部下が上官を叱責したり処罰するなどという事は許されない。
*4 これは制度上の欠陥ではなく、意図してそのように配慮されている。国民の権利を守るためには、まず国家自体を防衛しなければならないためだ。
*5 古来、将軍が敗北する事は「死をもって償うべき」重罪とされていた。
  現代においては、戦闘に敗れたことを罪とするのは「罪刑法定主義」の観点から問題視されるものの、当事者の更迭や予備役編入はまず免れ得ない。

*6 そのことにより、装備品の不具合や改良点が判明し、バトルプルーフの獲得に繋がることもある。
*7 高級士官が審理や処罰のために職務を離れると、部隊に混乱が生じかねない。
*8 戦争神経症に罹患した患者がこれらの罪状で処罰される事は多い。
*9 最高裁判所を筆頭とし、高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所・知的財産高等裁判所(東京高等裁判所の支部として設置)及び裁判官弾劾裁判所(国会内に設置)以外の裁判所。
*10 大雑把に述べると「事件を関知した司法警察機関が被疑者の身柄を拘束」→「検察官に被疑者の身柄・証拠物件及び関係書類が送られ、検察官が原告となって裁判所に訴訟を提起」と言う流れになる。
*11 アメリカ軍の軍法会議では、終審に連邦最高裁判所が関与する。
*12 常設軍法会議に関しては。特設軍法会議は少なくとも10以上の日本国憲法条文と抵触する。

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