【軍票】(ぐんぴょう)

military currency / military payment certificate.

軍用手票(ぐんようしゅひょう)」の略。
軍隊が本国の外で活動をする際、必要な物資を調達すべく、現地住民と取引をする際に発行される証票。
PXなど、基地内部での取引にのみ使える「小遣い」として将兵に支給する場合もある。

「最終的に、発行元の国家政府当局に提出すれば換金できる」という信用を価値の担保とする有価証券*1である。
古くは紙幣を模した形状で発行される事が多かったが、近年ではプリペイドカード・非接触ICカードなどの電子決済も多い。
戦略上の理由から取引に迅速さが求められるため、軍が独自の判断で発行・流通させる事ができる。

普通、軍隊も含めた国家機関による金銭の出納は、議会で事前に策定された予算に則り、財務当局や中央銀行の監視下で行われる。
が、軍票での支払いはこの原則を無視して「事後承諾」を押し通す事ができる。
補正予算案が議会を通るまで待っていたら兵站が崩壊して軍が全滅しかねないからだ。

数万人・数十万人規模での支払いが一斉に発生し得るため、軍票の乱発は物価高騰を招く可能性がある。
また、現地でインフレが発生しなかったとしても、(敗戦などで)発行元の国家経済が破綻すれば軍票も価値を喪失する。
軍票はその性質上、自国の領土外で配布される事が多いため、この事はしばしば国際的な禍根を残す。

第二次世界大戦における旧軍の例。
兵站網が貧弱であった旧軍は、必要とする物資の多くを現地調達に頼らざるを得なかったため、各地で大量の軍票を発行して占領地の住民にばら撒いた。
結果、地域によっては煙草の巻紙代わりに使われるほど軍票の価値が暴落した所もある。

また、旧軍の発行した軍票は当時の国際法*2と講和条約の関係*3で、現在の日本国政府は支払義務を負わないことになっている。
そのため、戦後に旧占領地の住民から「正規通貨への引換」を求める民事訴訟も起こされたが、棄却されている。

軍票が発行される理由

そもそも武力紛争は本質的に「掠奪」である。
勝者は敗者の財産を自由に処分し、敗戦国の人間を奴隷として使役するのが慣例であった。
徴兵制のない時代の兵士(農民兵傭兵)は、戦地で強盗を働く機会があれば見逃す事なく強盗を働いた。

しかし歴史的経験を積み重ねるにつれ、掠奪はスマートな戦略ではない事が次第に明らかになってきた。
野放図に強奪すれば財源が破壊され、戦争を命じた為政者の取り分が目減りする事になるからだ*4
また、自国が常に侵略の危険にさらされる情勢下では、誰しもが掠奪に対する保険を熱望していた。

こうした流れから、19世紀末には戦時国際法「ハーグ陸戦条約」において、略奪を禁止する旨が明文化された。*5

しかし、戦地で民間からの鹵獲を禁じたことで、思わぬ副次的被害が生じる羽目になった。
軍隊が「活動経費」の名目で自国の通貨や貴金属を紛争地域へ持ち出した結果、本国の物価が上昇する危険性が生じたのである。
また、流出した貨幣が敵対勢力の手に渡り、工作資金として流用される恐れもあった。
このため、戦時中の軍事経済は軍票で切り回し、経済的影響が本国に波及するのを遅らせることが定石となっている。


*1 軍隊が属する国の政府を振出人とする一覧払約束手形の一種ともいえよう。
*2 当時、戦争における民間人の被害を政府が補償するという考えはなかった。
*3 米英など、連合国陣営に参加していた主な国々が日本に対する賠償金を大幅に減額し、講和条約発効後の支払を免除していた。
*4 本質的には国家経済の問題であって、「人道上の問題」はこの場合あまり関係がない。
  実際、より多くの利益を吸い上げるために敗戦国の経済を崩壊させた事例は近代以降にも絶えない。

*5 第三款47条:略奪はこれを厳禁とする。
  第三款52条:現品を供給させる場合には、住民に対して即金を支払わなければならない、それが出来ない場合には領収書を発行して速やかに支払いを履行すること。


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