【マーチン2-0-2】(まーちんにいぜろに)

Martin 2-0-2.

第二次世界大戦後の1940年代後半、アメリカのマーチン社が開発・生産した双発レシプロ旅客機
ダグラスDC-3の後継として開発・生産された*1

このため、機体はDC-3よりもやや大きく、エンジンもより強力なものを採用して速度ペイロードを向上させた。
しかし、機体構造や信頼性に問題があり、1948年に受注済み分のみで生産打ち切りとなり、34機が生産されたのみで終わった。

日本では大東亜戦争後、復活した日本航空が初めて商業運航した機体として知られている*2*3

その後、与圧客室を持つ発展型としてマーチン4-0-4が開発された。

スペックデータ

乗員2名
乗客数40名
ペイロード4,200kg
全長21.74m
全高8.66m
翼幅28.42m
翼面積80.3
空虚重量11,379kg
最大離陸重量18,098kg
発動機P&WR-2800CB-16「ダブルワスプ」空冷星型18気筒×2基
エンジン出力1,800hp(1,300kW)(通常時)
2,400hp(1,800kW)(離陸時(水噴射使用))
プロペラハミルトンスタンダード2H17K3-48R 3枚翅(プロペラ直径:3.99m)
最高速度501km/h(高度14,000ft(4,300m))
巡航速度472km/h(高度12,000ft(3,700m))
失速速度122km/h
航続距離1,022km(乗客36名、手荷物及び貨物450kg)
上昇限度10,000m
上昇率11m/s
離陸滑走距離
(50ft(15m))
477m
着陸滑走距離
(50ft(15m))
520m



*1 しかし現実には、DC-3の軍用型・C-47が数千機単位で払い下げられていたため「時期尚早」ともいえた。
*2 導入された5機にはそれぞれ太陽系の惑星に由来する愛称(「きん星」「もく星(1952年4月に墜落事故により喪失)」「すい星」「ど星」「か星」)が付けられていた。
*3 ただしこの時、日本人が携わったのは営業面だけで、機体の運航はノースウェスト航空が操縦士込みで行っていた。

トップ 新規 一覧 単語検索 最終更新ヘルプ   最終更新のRSS