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*&ruby(せんりゃくばくげき){【戦略爆撃】}; [#d8ccd181]
敵国の工業力を低下させ治安を悪化させる目的で、敵国の工場、[[補給路>兵站]]、都市機能などを破壊する[[爆撃]]。~
現代では[[ミサイル]]や[[誘導爆弾]]を用い、要人を公然と[[暗殺]]し政府を転覆させる手段の一つとして用いられている。~
正面戦力を攻撃するわけではないので即効性に欠けるが、敵国の後方を乱して[[士気]]を落とし、継戦能力を奪う事ができる。~
[[戦略]]的企図を以て実施される[[爆撃]]。~
『戦術爆撃』の対義語で、[[前線]]の[[戦術]]的判断([[近接航空支援]]および[[阻止攻撃]])以外の[[爆撃]]を指す。~
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戦略爆撃の思想は、イタリアの軍事学者ジュリオ・ドゥーエが[[第一次世界大戦]]の[[戦訓>バトルプルーフ]]を元に提唱した理論に始まる。~
ドゥーエは[[航空戦力>軍用機]]の第一の目標は敵国の都市・産業であると定め、そのために[[爆撃機]]を重要視していた。~
この思想は全世界の軍事学者に多大な影響を与え、後の[[第二次世界大戦]]において戦略爆撃が多用される事となる。~
さらに細分すると、軍需産業や輸送路など[[兵站]]設備を破壊する精密爆撃と、不特定多数の民間人を標的とする無差別爆撃に分けられる。

>精密爆撃とは、民間人を巻き込まないように配慮して[[爆撃]]するという意味ではない。~
精密性が求められるのは重要な目標を確実に仕留めるため、また[[誤射]]によって軍需物資を浪費しないためである。~
最大限正確に投下しても[[爆弾]]は民間人を惨死させるかもしれず、そもそも標的は民間施設かもしれないが、それは[[作戦]]上問題とはみなされない。~
政治的には問題かもしれないが、そうであるなら命中精度に関係なく[[爆撃]]を中止する他ない。

[[軍用航空機>軍用機]]が普及して[[空軍]]が創設される黎明期、20世紀前半に現れた戦略思想で、主に政争の具として多大な影響力を得た。~
つまるところ、[[空軍]][[将官]]が[[陸軍]]・[[海軍]]の指図を受けずに独自の戦略的判断を下す権力を得られる、という点に思想上の魅力があった。~
戦略爆撃という行為自体の軍事的有効性について十分な事前研究が行われたとは言いがたく、おおむね[[空軍]]礼賛的楽観論と官僚的専横の所産であったといえる。~
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ただし、この思想は[[第二次世界大戦]]を見ないまま死去した人物の個人的考察であり、多くの主張は現代までに通用しなくなっている((例えば、ドゥーエは最初期の[[戦闘機不要論]]者であるが、翻って現代空軍の中核は已然として[[戦闘機]]である。))。~
戦略爆撃についても、[[国家総力戦]]が常識であった当時には許容されていたリスクが、今日では重大な法的制約となっている。~
「都市と産業に対する戦略爆撃」は[[第二次世界大戦]]では奨励されていたが、現代の[[紛争]]では明らかに戦争犯罪である((現代の倫理観で過去の戦争に言及すべきではないが、例えば終戦後60年以上経っても東京大空襲や[[原爆>原子爆弾]]投下が日本国民の常識であり続けているように、産業への攻撃が「政治的失点」を伴うのは事実である。))。~
少なくとも、現代の民主主義国家が「数十万人の民間人を殺害したり破産させたりする合法的な理由」を用意するのは事実上不可能に近い。~
[[第二次世界大戦]]から[[冷戦]]期にかけ、当時の[[軍政]]上の常識と、功績を挙げたいという[[将官]]の欲望に基づき、大規模な無差別爆撃が度々実施された。~
[[国家総力戦]]において敵国の生産力を削ぐ、[[ゲリラ]]の後背を焼いて補給を絶つ、などの目的が設定されたが、戦果の判断は[[ドクトリン]]に依存する不明瞭なものだった。~
やがて[[地対空ミサイル]]の発達により[[航空優勢]]の確立が困難になると共に、迂遠なうえに費用甚大・成果不明瞭な無差別爆撃は忌避されていった。~
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純軍事的に見た場合でも、戦略爆撃にどれだけの価値があるかについては大いに疑問の余地がある。~
[[航空優勢]]を獲得したなら、その有利が保たれているうちに[[軍事目標]]を撃破し、敵戦力を削ぎ、さらなる有利を得るべきである。~
敵軍の備蓄資材が尽きるほどの長期戦を想定していない限り、そこで敵国の工業生産力に[[爆撃機]]を振り向ける意味はない。~
そして長期に渡る[[国家総力戦]]は、[[大量破壊兵器]]の脅威が迫る現代においては断じて採用すべきでない決断となっている。~
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とはいえ、[[非対称戦争]]においては[[暗殺]]の手段としての戦略爆撃が已然として有効性を保っている。~
[[非対称戦争]]における小国側はそもそも兵器の自給体制を整えていない事が多く((そうした戦争は多くが[[代理戦争]]であり、産業への戦略爆撃を狙うならアメリカや旧ソビエトなど[[核兵器保有国]]の本土を爆撃しなければならなかった。それが非現実的なのは言うまでもない。))、都市の生産力に対する戦略爆撃はやはり有効でない。~
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関連:[[国民義勇戦闘隊]]
[[湾岸戦争]]では、空陸連携(エアランドバトル)を旨とする当時最新の[[戦略]]理論に基づき、[[陸軍]]の[[機動]]経路を切り開く精密爆撃が多大な成果を上げた。~
以降、[[戦略]]的企図による[[爆撃]]は[[陸軍]]との連携を念頭に置き、[[攻勢対航空作戦]]と併せて[[軍事目標]]を破壊する[[作戦]]が主流となっている。~
ただし、[[テロリズム]]の次元においては[[暗殺]]や恫喝を意図した無差別爆撃がしばしば実施されている。

>民間に対する虐殺的な無差別爆撃の有効性については、現代に至っても定見がない。~
民衆に対する[[爆撃]]は明らかに[[ハーグ陸戦条約]]に抵触する行為だが、実際の[[紛争]]において敵性集団が戦時国際法を遵守してくれるなどとは期待すべきでない。~
虐殺の手段としての[[空爆]]の[[費用対効果>コスト・パフォーマンス]]はさておき、虐殺それ自体は[[内戦]]・[[ゲリラ戦]]・[[テロリズム]]において珍しい[[戦略]]ではない。


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