【国家総力戦】(こっかそうりょくせん)

敗北する事が国家体制の崩壊を意味するような戦争。
必然的に、国家が持てる総力を賭して取り組む戦争でもある。「全面戦争」とも。

政府の権力で国民全員を統制できる体制に関してのみ用いる用語。
兵站輸送能力を越える動員は物理的に不可能なため、成立要件として産業革命と鉄道の普及が必要とされる。
国力を総動員できない国家(封建制など)、一度の会戦で国民が全滅し得る国家(都市国家など)の戦争は含まない。
また、交戦当事者の双方が総力戦体制に移行する事を暗黙の前提としており、非対称戦争は含まない事が多い。

用語としての初出は1935年、旧ドイツ帝国陸軍大将エーリヒ・フリードリヒ・ヴィルヘルム・ルーデンドルフの著書「総力戦」より。
当時の軍政的常識を覆す異常な戦争であった第一次世界大戦の、その異常性を定義するための用語として創出された。

世界初の国家総力戦がどの戦争だったかについては諸説あるが、フランス革命後のナポレオン政権をその起源とみなす事が多い。

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意図と背景

戦争は通常、具体的な開戦事由を巡って戦う限定戦争であり、敵国の壊滅を企図して始めるものではない。
従って、国家総力戦は敵国を壊滅させなければならない具体的理由が存在する場合にのみ発生する。

これは通常、以下3つの要件全てを満たした事を意味する。

  • 仮想敵国の軍事力が、自国に壊滅的被害を与え得るものだと推定される
  • 仮想敵国との開戦は将来的に避けられないか、政治的混乱や陰謀などで偶発的に開戦してしまった
  • 仮想敵国が現状の体制で存在し続ける限り、外交交渉で状況を改善できる見込みはない

加えて、国家総力戦は多くの場合、単純な2国間の戦争では終わらない*1
総力戦の勝敗は彼我の人口と経済力で決まるので、劣勢を覆すためには労働力と財力を余所から搾取しなければならないからだ。
必然、国家総力戦を想定した体制は植民地支配と侵略によって継戦能力を確保する帝国主義的構造にならざるを得ない。
そしてある国が帝国主義を掲げた場合、その国を仮想敵国とする全ての国家が自衛のために帝国主義に傾かざるを得なくなる。

帝国主義の代わりに永世中立によって総力戦に備えた国もあった。
これは「地力の不足ゆえ攻勢限界点までの猶予がなく、仮に勝利しても権益の維持ができない」という過酷な現実に起因するものであるが。

そのような状況下においてひとたび戦争が発生すれば、潜在的敵対関係を持つ全ての国家が連鎖的に蠢動を始める事になる。
そして参戦する戦力が多ければ多いほど戦局は複雑化・大規模化し、利害の錯綜と被害の増大は停戦交渉をより困難なものにする。
また、何時どの国が軍事介入するかの予測も困難になるため、偶発的な事変を限定戦争として短期間・低予算で終わらせる事も困難になる。

総力戦に備えた展開(総動員)には数ヶ月の準備期間を要する、という事もこの傾向を助長する。
つまり、隣国が総動員を始めた場合、その企図が明らかになる前に自国も総動員を発令しなければ奇襲を受ける危険があるのだ。
そして「防衛のために総動員を発令したが戦争は起きなかったので解散」というのは税金の盛大な無駄遣いであり、政治的に許容されない事が多い。
戦時体制に移行したにも関わらず何の戦闘もないまま復員した場合、選挙やクーデターによる政権転覆が起こりえる。

即ち、総力戦に備えた軍備は抑止力としてはあまり機能せず、総力戦に備える事はそれ自体が高い蓋然性で総力戦を誘発する。
そして抑止できない総力戦の危惧があるなら、敵に先んじて勝利する事だけが国家国民の命を保証する唯一の方法である。

代償

国家総力戦に備えた体制に移行する事は、それ自体が国力を疲弊させ国家体制を崩壊に導く一因となる。
国家が総力を挙げるという事は、経済と産業、科学技術、人口、文化を維持発展させるために費やされるべき人材や資産を犠牲にする事に他ならないからである。

一説には、どのような超大国でも国家総力戦が1年以上続けば経済が破綻する、とも言われている。

……とはいえ、国力の衰退と、軍備不十分な状態での全面戦争、どちらがより重大なリスクなのかは為政者や体制によって意見の分かれる所である。


*1 顕著な例外としてはアメリカ南北戦争が挙げられる。これは元々地理的に孤立した遠国の内戦であったため、総力戦規模での介入が現実的ではなかった事による。

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