【航空巡洋艦】(こうくうじゅんようかん)

航空母艦航空機運用能力と、巡洋艦の戦闘力を兼ね備えるべくつくられた艦艇
ただし実際には性能が中途半端になるため、実用例はほとんどない。

第二次世界大戦期

1920年代頃より、巡洋艦には数機程度の水上機を搭載する事が多くなった。
艦載砲の弾着観測や偵察のために偵察機が必要とされたためである。

1930年代〜1940年代、この艦載機の運用拡大を図るべく、実験的な航空巡洋艦がいくつか運用された。

日本海軍では重巡洋艦最上」が航空巡洋艦に改装されている。
また、実験的な航空巡洋艦として利根型重巡洋艦(「利根」「筑摩」)が建造されている。
一方、スウェーデン海軍でも同様に軽巡洋艦「ゴトランド」が新造されている。

これらは総じて砲塔を艦の前部に集中させ、後部に飛行甲板を備える設計となっている。
砲塔飛行甲板を兼ね備えるならそれが最適解であると考えられており、この設計思想は現代まで継承されている*1
しかし、その設計では甲板の空間が艦載砲(と魚雷発射管)に圧迫され、飛行甲板は着艦不可能なほど狭くなる。
このため、水上機しか運用できなかった。

冷戦時代のソ連海軍

冷戦時代、ソ連軍では固定翼艦載機運用能力を備えた艦を「航空巡洋艦」と公称して就役させていた。
それらは航空母艦としての艦載機運用能力に加えて、巡洋艦に匹敵する重武装が施されていた。
公式にはあくまでも「巡洋艦」であるが、運用実態としては航空母艦である。

このような艦が作られることになった理由は、以下のような要因があったと考えられている。

地勢的・技術的な問題

旧ソビエト連邦・現ロシア連邦はその地勢上、海軍の運用に多大な制約を抱えている。
領海の過半が北極圏にあり、冬期には港湾が凍結して運用不能になるからだ。

このため造船所・港湾施設は黒海沿岸に集中し、太平洋側に艦隊を集結させるのが困難である。
よって、ソ連海軍がアメリカ艦隊、特に空母打撃群に対して艦隊決戦を挑むのは現実的でない。

そうした見解に基づいて艦載機は軽視され、ミサイルに偏重するドクトリンが採用された。
結果、艦載機運用のみに特化した航空母艦の代わりに、自衛能力を持つ巡洋艦が必要とされた。
これに加えてミサイルの小型化が難航したため、自衛のための武装が著しく大型化した。
この結果として巡洋艦に匹敵する武装となり、純粋な航空母艦としての運用ができなくなっているのである。

国際条約との関連

ソビエト連邦・ロシア連邦は、共に1936年に締結されたモントルー海峡条約に批准している。

同条約では、黒海と地中海を繋ぐボスポラス海峡の通行に制約が課せられている。
特に重要なのは、航空母艦、および口径8インチ以上の艦載砲を搭載した艦の通行が禁止されている点である。

ところで、「航空巡洋艦」は巡洋艦であるから「航空母艦」ではない。
また同様に、ミサイル艦載砲ではないから砲口径に対する制限にもあたらない。
航空母艦ミサイルで重武装させた理由はともかく、それを巡洋艦と呼んでいるのは概ねそのような次第である。

関連:キエフ アドミラル・オブ・ザ・ソビエトフリート・NG・グズネツォフ


*1 ヘリコプターの離発着に対応する場合も、ヘリポートは船体後部に設置されるのが通例。

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