【騎士】(きし)

Knight.

中世の西欧諸国で発展した騎兵の一形態。
戦術的な分類としては重騎兵に類するが、馬上試合や儀礼的決闘を行う事に特化され、見栄えよく取り繕われていた。
戦場では騎士同士が各々名乗りを上げて「公正に」戦い、勝者は敗者の身柄と引き替えに身代金や利権・領土を得るものとされる。
非道な扱いを受けないよう、また身代金の支払いが滞らないよう互いに礼儀が求められ、捕虜となった騎士は愛馬共々大切に扱われた、という。

今日でも、西欧文化圏では階級や勲章・名誉称号として「騎士」の名残がいくらか見受けられる。

そうした規範は後世まで「騎士道」として伝わっているが、実際の戦闘でどこまで遵守されていたかは疑わしい。
人質解放交渉が難航したか頓挫した場合、虜囚になった騎士や貴族が地下牢で獄死するのも珍しい事ではなかった。
ルール無用の無礼討ち・騙し討ちも多く、特に攻城戦ではおよそ公正な決闘など望めるものではない*1
「騎士道」に関する逸話・説話のほとんどは、騎士が軍事的価値を失った後の時代に創作されたものと思われる。

中世後期、経済発展と共に高度で大規模な戦争が生じると共に、騎士は歴史の表舞台から退場を余儀なくされた。
生き残った騎士は仇討ち強盗*2傭兵、荘園領主などに変質していく事になる。

歴史的経緯

西欧では、古代から中世に至る過程で騎兵戦術が退化していた。
古代ギリシャで既に確立されていた歩兵・騎兵の連携戦術が、中世では完全に忘れ去られ、「騎兵の隊列が先陣を切って突撃する」という異常事態*3が常態化していたのである。
中世ヨーロッパが後世において「暗黒の時代」と称される所以は多くあるが、この野蛮な戦術もその一つである。

この退化は、古代の名将が編み出した戦術をキリスト教が「冒涜的」だと批判・弾圧したからだとされる。

しかし一方で、騎士階級の形成は経済的な理由によるものだという説もある。
高度な集団戦術を実行に移すには大規模な軍隊、言い換えれば膨大な軍事費が必要であり、大帝国の離散によって形成された中世の西欧社会で、そんな費用を捻出できる者はいなかった。
よって、当時の王侯貴族は互いに姻戚関係*4を結ぶことで紛争の発生を抑止し、交渉が不調に終わった時は、子飼いの騎士たちによる(現代日本における「ヤクザの抗争」、あるいは「危険な賭け試合」程度の)形骸化された戦闘で解決していたのである。
そのため、中世後期に再び「戦争」が起きると共に騎士は存在意義を失っていったものとされる。


*1 敵領内における暴行や略奪に騎士も参加していることがままあった。
*2 当時、貴人が犯罪被害への復讐などを目的として決闘に挑む事を認める「決闘法」があった。
  この法は騎士崩れが恐喝を行う際に格好の名目になったという。

*3 騎兵や騎士の戦いを描くフィクション作品ではしばしば見られる描写であるが、騎兵本来の戦術としては「取ってはいけない悪手」であった。
  現代に置き換えれば「戦車が他兵科(歩兵や砲兵・航空隊など)の援護なしで敵陣に突撃する」ようなものといえよう。

*4 現在の英国で、王位継承順位保持者が国外の王室・名家にまで存在しているのもこの名残と言える。
  ただし、彼ら彼女らは現英国王家とはかなりの遠縁になるため、王位継承の可能性は無いといわれている。


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