Last-modified: 2017-04-17 (月) 19:13:19 (42d)

【YS-11】(わいえすいちいち)

日本航空機製造(NAMC) YS-11.

第二次世界大戦後、日本のメーカーが初めて設計・生産した双発ターボプロップ旅客機
型式番号は「YS」が「輸送機(Yuso^ki) 設計(Sekkei)」の頭文字、最初の1が「胴体案の一番目」、次の1が「エンジン案の一番目」を示しており、「わいえすいちいち」と読む。
しかし、型式番号のYSの意味については諸説あるのでこの限りではない。

本機の設計は、三式戦闘機飛燕設計の土井武夫、零戦設計の堀越二郎、紫電改設計の菊原静男、一式戦闘機「」設計の太田稔、秋水?を手がけた木村秀政といった、日本を代表する航空技術者の手によって行われた。
日本は第二次世界大戦の終戦まで、世界でも有数の航空機製造技術を持っていたが、敗戦後、米英を中心とする連合国軍(GHQ)の占領政策で航空機の設計・開発・製作・運用といった航空に関する諸活動への関与を一時期禁じられた*1ため、航空機製造技術の基盤が失われてしまっており、開発は困難を極めた。
製造は新三菱重工(現在の三菱重工業)、川崎航空機富士重工業(現在のSUBARU)、新明和工業、日本飛行機、昭和飛行機工業、住友精密工業の7社が分担し、最終組み立てを三菱の小牧工場が担当した。

1962(昭和37)年に初飛行し、その2年後の1964(昭和39)年に国内線に就航*2
当時国内で主流だった1,200m級の滑走路での離着陸が可能で、エンジンが停止しても滑空できるほど、低速での安定性が優れていた上、燃費が良く、頻繁な離着陸にも耐えられる頑丈な構造だったため、地方間コミューター機として活躍した。
また、アメリカや東南アジアへも輸出した実績もある。

しかし、高性能の機体とは裏腹に、騒音や振動が激しく居住性が悪かったり、自動操縦装置が備えれらなかったりなど、旅客機としては好ましくなかった*3

その後

日本の航空技術開発という点では重要な意味を持っていた本機であるが、1973(昭和48)年に合計182機で生産は打ち切られ、300億円の赤字を出して全計画が終了した。

本機の生産終了後、メーカーの日本航空機製造も解散してしまった*4ため、設計・製造のみならず、販売・金融・プロダクトサポートなどのノウハウが次世代に継承されず、その後の旅客機の設計・製造・販売能力を自ら放棄する形となってしまった。

現在では機体の老朽化に伴う廃棄処分やそれに伴う新型機の導入などで機体数は減り、また、衝突防止装置(TCAS)を装備することの義務付けにより、日本のエアラインにおける旅客機としての活躍の場はなくなった。
日本で最後まで運行し続けたエアーニッポンや日本エアコミューターでも、同様の理由からYS-11の後継としてボンバルディア社(カナダ)製のDHC-8(通称ダッシュ8)などのコミューター機を採用、2006年(平成18年)9月30日のラストフライトをもって、日本での商用機としての運行は終了した。

日本における旅客機としての活躍の場は失われたが、航空自衛隊*5やギリシャ空軍*6、東南アジア諸国(フィリピンのフィリピン航空やアジアンスピリット、タイのエアフェニックスやプーケットエアなど)ではいまだに現役である*7
また、日本航空学園では地上訓練用の機材として用いられている機体がある他、国土交通省で運用されていた量産第1号機(機体番号:JA8610)が引退後に国立科学博物館に譲渡され、羽田空港の格納庫で動態保存されている*8

2015年には大阪府八尾市の航空機販売・整備会社「エアロラボインターナショナル」社が元国土交通省所属の本機(登録記号JA8709*9→N462AL)を競売で購入し、レストアしたうえで再飛行を成功させている。

2007年には社団法人日本機械学会から「機械遺産」に認定された。

ys-11.jpg


スペックデータ

乗員2名
定員56〜64名
全長26.3m
全高8.98m
全幅32.0m
胴体直径2.88m
主翼面積94.8
自重14,600kg(A-100型)
15,400kg(A-500型)
最大離陸重量23,500kg(A-100型)
24,500kg(A-200型)
25,000kg(A-500型)
エンジンロールス・ロイス?「ダート」ターボプロップ推力2,660〜3,060shp)×2基
最大巡航速度470〜480km/h
失速速度140km/h
航続距離1,090km(フル搭載時)
2,200 km(最大)

派生型

  • YS-11-100:
    初期生産型。

  • YS-11A:
    輸出を見込んで大幅な改良を施したモデル。 エンジンはタービンの耐熱性向上とプロペラ減速歯車の強化によって出力が10%増加し、ペイロードも1t増加した。
    その他にも主脚ドアなど各部の設計が変更された。

    • YS-11A-200:
      旅客型の標準モデル。
    • YS-11A-300:
      旅客・貨物混載モデル。
    • YS-11A-400:
      貨物専用モデル
    • YS-11A-500:
      YS-11A-200のエンジンを542-10Kに換装し、ペイロードを500kg増加したモデル。
      後にオートパイロットやTCADなどの追加装備を施したものも存在している。
      • YS-11A-500R:
        YS-11A-200のエンジンにMk543を搭載し、高気温・高地運用時の片発上昇性能が向上したモデル。
    • YS-11A-600:
      YS-11A-300のエンジンを542-10Kに換装し、ペイロードを500kg増加したモデル。
  • YS-11A-CARGO:
    YS-11の最終モデルで貨物機改造タイプ。

生産されなかった型

  • YS-11J:
    リージョナルジェットモデル。
    ロールス・ロイス/スネクマ M45H ターボファンエンジンを主翼上に搭載し、後退尾翼に改造している。

  • YS-11S:
    YS-11の短距離離着陸機タイプ。
    航続距離900km、600m級の滑走路で離着陸が可能とされた。

  • YS-33:
    YS-11の後継機種(YX)として研究を開始したターボジェット機。
    機体構成はDC-10に似ていた。
    後に構想は大型化し、180席クラスのロールス・ロイス製ターボファンを搭載する機体となったが、金の壁に直面して1971年開発中止。
    なお、YX計画そのものは紆余曲折の末、米ボーイング社との共同開発機・B767及びB777として実現している。

航空自衛隊モデル

  • YS-11P:
    人員輸送機型。
    YS-11-100をベースに、主翼内インテグラルタンクとバグタンクによって燃料搭載量を7,270リットルとし、航続距離を延長している。
    • YS-11P(VIP仕様機):
      YS-11Pの要人輸送型。ソファーやラウンジが追加されている。
    • YS-11PC:
      YS-11-300がベースの人員・貨物輸送機型。
      後にP型に統合された。

  • YS-11C:
    YS-11A-400を輸送機として採用した型。
    胴体後部左側に横3.05m・縦1.83mのカーゴドアが設置され、床が強化された。
    C-130Hの導入によって余剰となり、全て他用途に改造されている。

  • YS-11E:
    C型ベースの電子戦訓練機型。
    胴体上面に大小のレドーム、胴体下面に2個の大型レドーム、胴体後部両側に冷却装置が設置されている。
    後にEA型に改修された。

  • YS-11EL:
    C型ベースの電子情報収集機型。
    後にEB型へと改造された。

  • YS-11EA:
    E型を「スーパーYS」へ改修した型。
    上下7箇所あったレドームを廃し、ブレードアンテナのみになった。
    冷却機材収容部は右側のみに、機内のECM機材も能力向上型に改められた。

  • YS-11EB:
    C型ベースの電子測定機(ELINT)型。
    EA型と同じく「スーパーYS」化されている。
    機体上下に二つずつのドームを付けているのが外見上の特徴で、冷却機材収容部もEA型同様右側のみである。

  • YS-11FC:
    飛行点検機型。
    VHF及びTACANアンテナが増設された他、航空通信設備や航空交通管制施設を検査する自動点検装置、信号観測用のオシロスコープなどの無線機材が搭載されている。
    また、電源用にAPUを搭載している。

  • YS-11NT:
    C型ベースの航法訓練機型。
    自衛隊の航法士を育成する機体で、航法/通信アンテナや六分儀が設置されている。

  • スーパーYS:
    日本飛行機が川崎重工業石川島播磨重工業の協力を受けて開発した機体。
    エンジンをP-2Jで使用されていたT64-IHI-10Eを-10Jへと改修・換装し、プロペラをハミルトン・スタンダードの3枚ブレードに交換した。
    この改修により、上昇限界高度が9,000mに向上し、航続距離も延長された。

海上自衛隊モデル

  • YS-11M:
    輸送機型。YS-11-100がベース。
    床が強化され、室内運搬装置の設置や胴体後部に大型カーゴドアを増設している。
    2014年に全機退役*10
    • YS-11M-A:
      輸送機型。YS-11A-400/300/600がベース。
      M型と同様、2014年に全機退役。
  • YS-11T-A:
    機上作業訓練機型。
    低高度飛行が多いことから与圧室を廃し、胴体下部に巨大レドームを設置している。
    対潜哨戒機に搭乗する乗員の養成に使用されていたが、2011年に第205教育航空隊の解隊に伴い全機退役。


*1 この措置は徹底したもので、大学の授業からも「航空力学」の項目が削除されるほどであった。
*2 ローンチカスタマーは全日本空輸であったが、最初に機体が引き渡されたのは東亜航空、最初に就航させたのは日本国内航空であった。
*3 これは、機体設計にあたっていた技術者の多くが軍用機の設計・開発に携わった経歴のみを持ち、旅客機には搭乗したこともなかったためだという。
*4 なお、その後のアフターサービスは三菱重工業が請け負った。
*5 現在は輸送機及び電子戦機ELINT機として使用。
*6 もとオリンピック航空所属機が転籍してきたもの。
*7 しかしこれらの機体も、運用寿命の満了を順次迎えて退役モスボールとなるものが増えており、現在も運用可能な機体は極めて少なくなっている。
*8 同機は定期的にエンジンに火が入れられており、「『100年先でも飛べるYS』として保存する」とのコメントもある。
*9 なお同機は、国土交通省航空局で最後まで運用されていた機体でもあった。
*10 本機及びM-A型の後継には、アメリカ海兵隊で使用された後にモスボールされていたKC-130Rが、空中給油機能を削除した上で導入された。

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