Last-modified: 2023-09-01 (金) 17:06:13 (94d)

【He 100】(ハーエー・ハンダート)

Heinkel He 100.

第二次世界大戦期にハインケル社がルフトバッフェ向けに開発した試作レシプロ戦闘機
メッサーシュミットBf109との競争試作で不採用となったHe112?の代替機として自主開発した機体で、試作1号機(V1)は1938年1月22日に初飛行した。

特徴

前作He112がBf109より劣速で、上昇力でも運動性でも劣ったことへの反省から、軽量化と徹底的な生産合理化、高速化のための空力的洗練が図られた。

同時期の航空機で一般的だった空気抵抗を増大させるラジエーター冷却開口部に代替、主翼外板の内側に蒸気を循環させる蒸気冷却機構を備える*1ことで、従来機と比較して良好な空力特性を実現、優れた速度性能を発揮する革新的な機体だった。

しかし、複雑な構造ゆえに損なわれた整備性、信頼性、被弾に対する脆弱性*2など、既に実用化されていたBf109に対して運用面における問題点が多く、ルフトバッフェでは不採用となった。
それでも、He100の優秀な飛行性能は様々な形で諸外国に影響を与えた。

戦史

He100はナチス・ドイツのプロパガンダにおいて「He113」の呼称が与えられた高性能戦闘機として登場、種々に迷彩され、あたかも本格配備・実戦投入されているかのように国内外に宣伝された。
結果として、連合国軍にはHe113との交戦記録が残されることとなった*3

ソビエト連邦は独ソ戦開戦前に6機のHe100試作機(V1, V2, V4, V5, V6, V7)を購入し、蒸気冷却や空力の研究に用いた。

日本は太平洋戦争開戦直前の1941年に3機のHe100を購入、「ハインケル100型戦闘機(略符号:AXHe1)」の呼称で1940年から試験運用し、その性能を高く評価していた。
また、日立航空機によるライセンス生産および日本海軍による制式化・本格配備の計画があったものの、第二次世界大戦の激化により実現しなかった。

また、生産された12機のHe100D-1のうち3機はハインケル社による自社工場防空のために大戦初期の短期間に運用されたが、戦闘には参加しなかった。

関連:Bf109 キ64?

性能諸元

型式He100D-1
乗員1名
全長8.20m
全幅9.40m
全高3.60m(水平姿勢)
翼面積14.60
空虚重量1,810kg
最大離陸重量2,500kg
燃料容量300kg
エンジンダイムラー・ベンツ DB601M液冷倒立V型12気筒×1基
出力1,175PS
プロペラVDM定速3翅(直径2.80m)
最高速度670km/h@5,000m
巡航速度552km/h@2,000m
(出力80%)
航続距離1,010km
上昇性能2,000mまで2分12秒
6,000mまで7分48秒
上昇限度11,000m
固定武装
モーターカノンMG17 7.92mm機銃×1挺*4
主翼根MG17 7.92mm機銃×2挺

型式

分類型式解説生産機数
試作VV1からV10まで製造された。
V8では水・エタノール噴射装置付高過給仕様に改造した
DB601(短時間出力1,750hp)に換装、翼弦を短縮。
V1からV7までの機体はソ連へ輸出された。
10
生産D-0増加試作型。
武装はMG FF 20mm機関砲×1門、MG17 7.92mm機銃×2挺。
日本へ輸出された。
3
D-1量産準備型。
D-0と同等だが、一部改設計*5
武装はMG17 7.92mm機銃×3挺。
12
生産機数総計25



*1 更に潤滑油はエタノールを冷媒とする二重冷却系とされていた。
*2 翼面に被弾した場合、蒸気を漏洩し冷却能力を喪失する可能性が非常に高かった。
*3 確実に誤認である。
*4 開発段階ではMG FF 20mm機関砲の搭載が予定されていたが、実際の生産機には未搭載。
*5 尾翼面積拡大による方向安定性増加、ユンカースJumo211?エンジンへの換装、胴体下半埋め込み式の集中冷却器への変更など。

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