Last-modified: 2017-07-12 (水) 20:48:24 (128d)

【DC-6】(でぃーしーしっくす)

Douglas DC-6/C-118"Liftmaster"/R6D.

1940〜1950年代、アメリカのダグラス・エアクラフト社が開発・生産した大型レシプロ旅客機
「レシプロ旅客機の傑作」として名高い機体でもあった。

当初、本機はアメリカ軍で使用されていたC-54の改良型「XC-112」として第二次世界大戦中の1944年に開発がはじめられ、1946年に初飛行した。
前作のDC-4に比べて胴体を大幅に延長した他、キャビンの与圧*1レーダーの装備で居住性・安全性を改善した。
また、新型エンジンダブルワスプ」の採用で、大西洋を無着陸で横断できる航続距離を達成した。

量産型は1947年から生産が始まり、戦後の航空需要復興と軌を一にしてセールスを拡大。
後継機・DC-7の登場後も生産は続き、ジェット旅客機・DC-8の生産が始まる直前の1959年に生産を終了するまで約700機が製造された。

また、軍用機としても用いられ、アメリカ空軍では「C-118『リフトマスター』」、海軍では「R6D」と呼ばれていた。

日本でのDC-6

日本ではフラッグキャリアとなった日本航空が運用していた。
当初、日航では国際線用機材として本機を発注したが、ダグラスから「引き渡しまで2年待ち」と回答されたため、他社向けに製造中の貨物機型を購入して旅客機仕様に再改装する形で3機を購入*2、国内線(羽田札幌間)で運用を開始した。
その後、ダグラスからの新品と他社からの中古機*3を追加購入し、合計9機を導入した。

日本航空での本機には東京、京都、奈良など、日本の著名な都市の名前を愛称につけていた*4
本来の用途である国際線での運用の他、東京オリンピック(1964年)の聖火をギリシャから空輸したり、昭和天皇御乗用機の栄誉を得たり*5航空郵便の輸送に用いられたりと、幅広く活躍した。

その後、後継機の導入に伴って国内線や貨物便に転用されていったが、コンベア880及びYS-11*6の導入に伴い、1969年3月に全機が退役した。
これは後継機のDC-7よりも遅い退役であった。

スペックデータ

タイプDC-6DC-6ADC-6B
乗員3〜4人
乗員・貨物容量48〜68人貨物12,786kg42〜89人
全長30.66m32.18m
全高8.66m
翼幅35.81m
翼面積135.9
空虚重量23,844kg20,803kg25,110kg
最大離陸重量44,100kg48,600kg49,000kg
エンジンP&WR-2800「ダブルワスプ」空冷星型複列14気筒×4基
R-2800-CA15R-2800-CB16R-2800-CB17
エンジン出力2,400hp(1,800kW)2,500hp(1,900kW)
巡航速度501km/h507km/h
燃料容量4,260US gal(16,100リットル)
4,722US gal(17,870リットル)
-5,512US gal(20,870リットル)
航続距離7,377km5,460km(最大ペイロード
7,995km(燃料満載時)
4,830km(最大ペイロード)
7,600km(燃料満載時)
実用上昇限度-6,700m7,600m
上昇率330m/min-


バリエーション

  • XC-112A/YC-112A:
    C-54を改造した試作機。
    エンジンはP&W R-2800-83AM3を搭載。

  • DC-6A:
    貨物型。

  • DC-6B:
    旅客型。

  • DC-6C:
    貨客両用型。

  • C-118A「リフトマスター」:
    アメリカ空軍向け輸送機型。

  • R6D-1(C-118B):
    アメリカ海軍向け輸送機型。

  • R6D-1Z:
    アメリカ海軍向け人員輸送機型。

  • 大統領専用機*7
    • VC-118:
      ハリー・S・トルーマン大統領の専用機として使用された。
      1947年7月4日(アメリカ独立記念日)に納入されたため「インディペンデンス*8」の愛称で呼ばれていた。

    • VC-118A:
      ジョン・F・ケネディ大統領とリンドン・B・ジョンソン大統領の専用機として使用された。
      後継としてVC-137Cが導入された後も、ジェット機の離着陸が困難な地方空港を利用する際の専用機として、1967年8月まで使用された。


*1 これはライバルとなったロッキードL-049「コンステレーション」に対抗したもの。
*2 ちなみに、この時の引き渡し価格は通常価格の45%割増だった。
*3 このうち1機(機体記号:JA6210。元サターン航空の機体だった)は営業運航には就かず、もっぱら訓練用として用いられた。
  このため、他機のように愛称はついていなかった。

*4 これに対し、DC-7では海外の著名な都市の名前を愛称につけた。
*5 1954年の北海道国体にご出席の際、帰路に利用された。
  これ以後、日航は日本国のフラッグキャリアとして内外のVIP輸送を多く受け持つようになり、そのノウハウは現代の政府専用機にまで引き継がれている。

*6 こちらは日本国内航空(後の日本エアシステム)からのリース機。
*7 エアフォースワン」のコールサインが使われるようになったのは1959年から。
*8 英語で独立の意。

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