Last-modified: 2017-07-15 (土) 17:14:58 (36d)

【5分前精神】(ごふんまえせいしん)

かつての大日本帝国海軍において採用されていた教導方針。
定刻に作業を開始し、そのために5分前までには準備を終えておく事を旨とする。

元々は、艦艇が出港予定時刻の5分前にタラップを離岸させていた事に由来する。
出航に乗り遅れた兵員は後発航期敵前逃亡)とみなされ、これは死刑に値する重罪だった。
そして、実際のタイムリミットは出港予定時刻ではなく、その5分以上前である。
出航直前に到着しても手遅れで、タラップが離岸する前に乗り込みを終えていなければならなかった。

なお、これが教条として徹底された背景には、当時の兵員の教育水準が大きく影響していた。
20世紀前半の寒村の小作農は、ふつう時計を見て時間を厳守するような習慣も教育もなかった。
このため、教導課程では軍隊としての知識と平行して日常生活の常識から学ぶ必要があった。

この方針は海上自衛隊海上保安庁にも伝統として受け継がれている。
また、航空自衛隊でも「定時・定点・必達」と称する時間厳守の指針が存在する。

なお、実際に5分前までに準備を整えておこうとすると、予定の前倒しは5分だけでは済まない。
5分前に完了させるために10分前から、10分前までに開始するために15分前から……という連鎖が発生する。
典型的には、指揮系統上で指揮官が1人挟まって命令を行うたびに期限が5分早まっていく傾向にある。

迷惑行為

この5分前精神は退役軍人などから企業へと伝播し、現代でも企業社会や家庭での躾として広範に見られる。
時間厳守はビジネスの大原則の一つだが、それにも関わらず、5分前精神はしばしば迷惑行為の代名詞ともみなされる。
5分前精神は紛争における軍事的極限状況で最も上手く機能する生活態度であり、畢竟、日常的な社会生活では異様である。

商取引に関わるどんな場面でも、予約を取ったなら、予約した時刻に合わせて訪れるべきである。
余所の事務所に予定の5分前にやってきて、用件に入るまで5分間そこに居座っているとなると、これは相当に迷惑である。
先方は普通「予約した時刻まで客を無視して待たせておく」という事ができないので、客への応対が仕事のリズムを狂わせる事がある。

あるいは「10時から始める予定の仕事を9時55分から始める」などといった形で先方のスケジュールを崩壊させる事もある。
会議や商談の予定を理不尽な理由で突然5分繰り上げさせられる、というのはなかなか舌筆に尽くしがたい労苦である。

さらには、違法行為や搾取のための言い訳として5分前精神を利用する場合もある。
社員に始業5分前までに準備を整える義務が課され、その始業前の5分が労働時間に計上されないとすれば、それは純然に詐欺である。

そして5分前精神はしばしばエスカレートする。
誰かが意識的に阻止しないと、5分はいつしか10分に、15分に、あるいは30分や1時間へと拡大されていく。

問題の本質は、5分前精神は本質的に刑罰であって報償でも道徳でもない、という点にある。
5分前精神というドクトリンは「部隊全体の機動力を高めるために遅刻者を処罰・排除する」という手続きで成り立っている。
これがなぜ問題なのかというと、5分前精神はその論理構造上、利得を得るために「他者に5分前精神を強要する」事が必須になるからだ。
階級組織による高度な統制なしに5分前精神で行動すると、必ず『時間』という資源を他者と奪い合うゼロサムゲームが発生する。

そして、5分前精神に則って行動する人間の多くは、その行為によって他者に与えている影響について深く考慮しない。
他者への強要でしか利得が生じない性質上、5分前精神は「5分前精神を無批判に受容する人間」である事を当事者に要求するからだ。


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