Last-modified: 2017-04-02 (日) 10:09:33 (25d)

【富嶽】(ふがく)

中島G10N「富嶽」。

1940年代の太平洋戦争中、日本の航空機メーカー「中島飛行機製作所(現在のSUBARUの前身)」が構想した超大型爆撃機
名称は富士山の別名から取られている。
また、中島飛行機の創始者・中島知久平(なかじまちくへい)(1884年生〜1949年没)が本機の開発を政府に献策するため作成した「必勝防空計画」に記載されていた名称から「Z飛行機」とも呼ばれていた。

中島知久平と中島飛行機・「必勝防空計画」

本機を構想した「中島飛行機製作所」を創設した中島知久平は、元海軍機関大尉という経歴を持つ人物であったが、海軍士官時代の1911年、日本で初めて飛んだ飛行船「イ式飛行船」を操縦したことを契機に航空の世界へ関わりを持つようになった。
その後、第一次世界大戦時に「航空事情視察」を目的としてヨーロッパへ出張した際、現地の進んだ航空事情を目の当たりにしたことで
「これからは航空機が戦争の勝敗を左右する」
という思想(後の航空主兵主義)を持つようになり、帰国後、「飛行機報国」の信念からを退官、弟と共に立ち上げた会社が「中島飛行機製作所」であった。

こうした経緯から、中島飛行機は純然たる軍用機専業メーカーとして営業していた*1ため、終戦後、GHQの指令により徹底的に解体されている。

太平洋戦争の開戦当時、中島は会社の経営を実弟に譲って政界入りしていた*2が、アメリカが(後にB-29となる)長距離重爆撃機の開発を進めているとの情報を受けて政府・軍部に提出したのが「必勝防空計画」である。
これは
「最大20トンの爆弾を搭載して成層圏を飛行できる超大型爆撃機を大量生産し、これを以ってアメリカ本土の大都市や工業地帯に対する戦略爆撃を敢行、国民の士気を奪って早期講和へ持ち込む」
ことを骨子としていたが、それでもアメリカが降伏しなかった場合には、爆撃機型の他に対艦攻撃用の「Z雷撃機」(大型の航空魚雷を多数搭載)や地上襲撃用の「Z掃射機」(多数の機関銃または機関砲を下向きに搭載するガンシップ(あるいは援護戦闘機))により艦隊航空基地を破壊し、更に人員・資材輸送用の「Z輸送機」(兵員200名などを搭載可能)によってアメリカ本土へ地上部隊を送り込んで占領することも考えられていた。

「Z飛行機」から「富嶽」へ

こうした経緯で生まれた「Z飛行機」構想は、当時の日本の技術力では到底実現困難なスペックの機体を作ろうというものであり、1942年に政府・軍部へ献策された当時はほぼ無視されていたという*3

1944年になり、当初の現実離れしすぎていたスペック*4を大幅に修正し、陸海軍共同開発機として計画が始動したが、陸軍と海軍の要求性能の違いなどの要因から開発は進捗せず、また、その頃にはアメリカ軍を中心とした連合国軍側が圧倒的な海上優勢航空優勢を確保していたことから、戦闘機の量産が最優先されるようになったため、結局1機も実機が作られることなく計画は挫折した。

しかし、後年、本機への搭載を予定していたとされるエンジンが、東京国際空港の拡張工事中に偶然発見され、現在は成田国際空港に隣接する航空科学博物館に展示されている。

余談だが、1990年代に大量に発表された「架空戦記」にもしばしば本機、あるいはこれをモチーフにした機体が登場しており、震電零戦戦艦大和」と並んで、架空戦記の常連兵器となっている。

スペックデータ(当初の想定)

全長46.00m
全高8.80m
全幅63.00m
主翼面積330.00
自重42t
作戦重量122t
プロペラ直径4.5〜4.8m
プロペラVDM定速6翅・8翅・二重反転4翅(いずれかで計画)
エンジン中島「ハ54」空冷4列星型36気筒レシプロエンジン*5×6基
推力5,000馬力
最大速力780km/h(高度10,000m)
実用上昇限度15,000m以上
航続距離19,400km以上
搭載兵装爆撃機型)20mm機関砲×4門、爆弾20トン
掃射機型)20mm機関砲×96門または7.7mm機関銃×400挺
雷撃機型)1トン航空魚雷×20発



*1 納入実績としては陸軍機が主で、海軍機で有名なのは月光彩雲?天山九七式艦上攻撃機(一号型及び三号型)程度であった。
 (ただし、零式艦上戦闘機の総生産数の2/3は同社のライセンス生産品であったことを付記しておく)

*2 つまり中島は、生涯で軍人・政治家・技術者(海軍時代も機関科という技術色の強い兵科に属していた)・実業家という4つの職を経験したことになる。
*3 ただし、これには「あまりにも現実離れしたスペック」を持つ機体の構想をあえて提示することで、政府・軍部に対米早期講和の動機付けを促す側面もあったといわれている。
*4 特に中島が拘った「5,000馬力エンジン」が、当時の技術では冷却不可能で到底実現できなかったという。
*5 ハ44(陸軍呼称・ハ219)空冷星形18気筒レシプロエンジンを2台串型に配置したもの。

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