Last-modified: 2017-01-13 (金) 21:10:52 (283d)

【島風】(しまかぜ)

  1. 大日本帝国海軍一等駆逐艦「島風(初代)」。
    大正時代の「八四艦隊計画」で計画・建造された「峯風」型?駆逐艦の4番艦として1920年に竣工した。
    この時の公試運転で、日本製の駆逐艦としては最速の40.8ノットを記録した。

    大東亜戦争開戦直前の1940年、武装の一部を撤去して哨戒艇*1に改装され「第一号哨戒艇」として船団護衛や揚陸戦に活躍したが、1943年、カビエン沖合で護衛任務中にアメリカ海軍ガトー級潜水艦「ガードフィッシュ(SS-217)」の雷撃を受けて戦没した。

    スペックデータ
    種別峯風型駆逐艦
    主建造所舞鶴海軍工廠
    起工1919.9.5
    進水1920.3.31
    就役1920.11.15
    転籍1940.4.1(第1号哨戒艇(実質上は揚陸艦))
    退役1943.1.12戦没
    除籍1943.2.10
    新造時1941年
    排水量
    基準/公試
    1,215t/1,345t1,270t/1,700t
    全長102.6m
    全幅8.92m
    喫水2.79m
    主缶ロ号艦本式罐・重油焚×4基ロ号艦本式罐・重油焚×2基
    主機三菱・パーソンズ式蒸気タービン×2基
    (出力38,500hp)
    艦本式蒸気タービン×2基
    (出力19,250hp)
    推進器×2軸
    速力39ノット
    航続距離3,600海里/14ノット
    燃料重油:395t
    乗員154名
    兵装三年式45口径12cm単装砲×4門
    6.5mm単装機銃×2挺
    53.3cm連装魚雷発射管×3基(魚雷8本)
    1号機雷×16個
    三年式45口径12cm単装砲×2門
    九六式25mm連装機銃×3基
    九六式25mm単装機銃×4挺
    爆雷×18個
    その他大発動艇×2隻
    陸戦隊約250名収容可能

  2. 大日本帝国海軍・一等駆逐艦「島風(二代目)」。
    大東亜戦争開戦直前の「マル五計画(第五次補充計画)」で設計・建造された試作型高速駆逐艦。
    書類上では丙型駆逐艦に分類される。

    本艦が計画された理由は、仮想敵であったアメリカ海軍の艦艇が、1930年代以後高速化の傾向を辿っていたことにある。
    当時、アメリカの最新型駆逐艦は37ノット以上の快速を誇り、戦艦でさえ30ノット前後をマークしていたが、その一方で、日本の当時の主力駆逐艦は35ノット前後の速力に抑えられ*2、戦艦に至っては、元・巡洋戦艦だった金剛級以外は24〜25ノット程度と低速*3であった。
    こうした彼我の速度差を改善すべく、「夕雲」級?の1隻として建造されていた艦を設計変更し、次世代型高速駆逐艦のテストベッドとしたのが本艦であった。

    本艦は「夕雲」級をベースとしていたが、高速を発揮するために、船体は造波抵抗の少ない細長いシルエットになり、船首も従来のダブルカーペチャー・バウからクリッパー・バウに改められた。
    それ以外の上部構造物や主砲などの装備は従来の「夕雲」級とほぼ同じであったが、魚雷兵装には帝国海軍でも初めてとなる5連装式発射管が搭載され、強力な雷撃力を発揮できるようになっていた。

    本艦は竣工後、公試運転で先代の1.と同様に40ノットをマークし、一応の成功を収めた*4
    これを受けて、1942年策定の「マル六計画(第六次補充計画)」で同型艦16隻の建造が計画されたが、当時の日本海軍における駆逐艦*5としてはオーバースペック*6であったことから、続いて策定された「改マル六計画」では全艦がキャンセルされ、「夕雲」級の建造計画に振り替えられてしまった。

    また、本艦自体も、航空主兵主義が支配する太平洋の戦場では期待された本来のスペックを発揮する機会を得られないまま、1944年に輸送作戦護衛中にフィリピン近海オルモック湾にて米軍機の攻撃により戦没してしまった。

    スペックデータ
    艦種駆逐艦(丙型駆逐艦)
    主建造所舞鶴海軍工廠
    起工1941.8.8
    進水1942.7.18
    就役1943.5.10
    退役1944.11.11戦没
    除籍1945.1.10
    基準排水量2,567t
    公試排水量2/3状態:3,048t
    1/2状態:2,920t
    満載排水量3,323.9t
    全長129.5m
    水線長126m
    垂線間長120.5m
    全幅11.2m
    深さ7.02m
    吃水2/3状態:4.14m
    1/2状態:4.02m
    満載:4.36m
    主缶ロ号艦本式罐・重油焚(空気余熱器・集熱器付)×3基
    主機艦本式タービン(高中I中II低圧)×2基
    推進器2軸推進(370rpm、スクリュー直径:3.600m(計画3.550m))
    機関出力75,000hp(計画)
    75,890hp(公試全力)
    79,240hp(過負荷全力)
    最大速力39ノット(計画)
    40.37ノット(公試全力)
    40.90ノット(過負荷全力)
    航続距離6,000浬/18ノット
    燃料重油:635t
    兵員267名(計画)
    294名(竣工時)
    兵装50口径三年式12.7センチ連装砲D型改一×3基
    96式25mm連装機銃×2基
    93式13mm連装機銃×1基(竣工時)
    25mm機銃(3連装×4基、連装×1基、単装×7挺、単装据付座×7基)
    13mm単装機銃×1挺(1944年6月)
    零式5連装魚雷発射管×3基(九三式魚雷15本)
    94式爆雷投射機×1基(装填台×1基、水圧投下台×2基、手動投下台×4基)
    投下軌道×2組(1944年6月)
    爆雷×18個
    小掃海具×2組
    電探22号電探×1基(竣工時)
    22号電探×1基、13号電探×1基(1944年6月)
    ソナー九三式水中聴音機×1組(後日装備)
    九三式探信儀三型×1組
    搭載艇9m内火艇×1隻、7.5m内火艇×1隻、7mカッター×2隻、6m通船×1隻(港保管)

  3. 海上自衛隊・ミサイル護衛艦「しまかぜ(JMSDF Shimakaze DDG-172)」。
    1980年代に計画された「はたかぜ」級ミサイル護衛艦の2番艦として、1988年に竣工した大型護衛艦。
    艦の詳細ははたかぜの項を参照のこと。

    イージスシステムを搭載した「こんごう」級の建造が決まったため、従来型ミサイル護衛艦の調達は本艦を最後に打ち切られた。

  4. 海上保安庁巡視艇「しまかぜ」(MSA Shimakaze CL-22)。
    1962年、「なつかぜ」級巡視艇の2番艇として建造された巡視艇。公称は15メートル型巡視艇。
    1962年1月31日に横浜ヨット工作所で竣工し、第五管区大阪海上保安監部に配属されて活躍したが、1979年10月15日に除籍。

  5. 海上保安庁巡視艇「しまかぜ(2代)」(MSA→JCG Shimakaze CL-59)。
    1995年、「すずかぜ」級*7巡視艇の49番艇として建造された巡視艇。
    現在は第二管区塩竈海上保安部・石巻海上保安署に配属されている。

    スペックデータ
    満載排水量19t
    総トン数23t
    全長20.0m
    全幅4.3m
    深さ2.3m
    機関MAN D2842LYE またはMTU 12V183TE92型V型12気筒4サイクルディーゼル×2基2軸推進
    機関出力910PS×2、計1,820PS
    速力30ノット
    航続距離160海里
    乗員5人


*1 実質上は揚陸艦であり、約200名分の陸戦隊居住区が設置され、また大型発動艇(大発)が2隻搭載されていた。
*2 大正〜昭和初期に建造された艦は37〜39ノットと高速であったのだが。
*3 後の大和級ですら27ノットしか出せなかった。
*4 ただしこれは、燃料・弾薬・食糧・真水などの消耗品を定数の半分のみ搭載し、負荷を軽減する形で計測した記録だった。
 (当時、艦船の速力計測は消耗品を定数の2/3だけ搭載した状態で測るのが普通だった)

*5 当時、日本海軍において駆逐艦は「軍艦」と位置づけられていなかったため、1隻のみでは戦術単位としてみなされず、同型艦数隻を集めた「駆逐隊」をもって1隻の軍艦と同格の戦術単位としていた。
*6 特に、高速を発揮するために作られた大出力エンジンの製造コストが、戦艦に搭載するものとほぼ同じ、という金の壁が問題視された。
*7 1番艇の艇名変更に伴い、現在では「ひめぎく」型とも呼ばれる。

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