Last-modified: 2020-04-24 (金) 22:11:02 (32d)

【中将】(ちゅうじょう/ちゅうしょう)

軍隊における階級の一つで、将官に区分され、大将の下、少将の上に位置する。
NATOが定めた階級符号では、概ね「OF-8」に相当する。英呼称はLiutenant general (陸軍、空軍)、Vice admiral (海軍)、Air marshal (イギリス空軍)である。
フランス革命方式による陸軍での呼称は補職により、「軍団将軍」または「師団将軍」である。

嘗てフランス陸軍のGénéral de division の旧称はLieutenant-général*1 であり、3つ星の階級章が中将であった頃の名残である。
因みに、4つ星は大将「Général en chef」 と呼称し、中将の役職に応じて付随する地位であった。
1812年に廃止され、その後復活するも1848年に再び廃止された。階級章自体は、1921年より「大将」*2の階級章とし使用され、第二次世界大戦後中将の階級章となる。

アメリカ軍では1866年まで中将は無く、少将から大将(General in chief)に昇任していたため、3つ星は大将の階級章であった。
1866年に中将を三つ星の将官と定められたものの、1888年6月1日の法令で、1895年2月5日まで一旦、廃止されている。

また、スペイン語の中将を意味するとされるTeniente general は、アルゼンチン陸軍*3や1997年以前のスペイン陸・空軍では大将*4を意味するので注意が必要である。*5

中将の階級に補せられた軍人は、軍種に応じ、主に以下のような配置を勤めるが、例外も多々ある。

陸軍
司令官、軍団長、師団長(准将の階級がない国の陸軍の場合)など
海軍
艦隊司令長官、タイプ部隊司令官、戦隊司令官など
空軍
メジャー・コマンド司令官、航空軍司令官、航空師団長(准将の階級のない国の空軍の場合)など

フランス海軍やスペイン海軍(1997年以降)等のように、中将を少将相当官、上級中将ないし大将を中将相当官としている例も見受けられる。

日本における「中将」

大日本帝国陸軍または海軍での中将は大日本帝国政府の官僚制度で「勅任官一等」に相当する官位とされているが、親補職*6になると、その職位にある間に限り高等官の最高位たる親任官*7と同等の待遇を受けた。
また、中将に任官された者には、政府から勲三等乃至一等の勲等が叙せられ、武功が著しいときは功三級乃至一級の金鵄勲章が授与された。

陸軍中将はおもに陸軍大臣、同次官、参謀総長、同次長、師団長、軍司令官などに、海軍中将は海軍大臣、同次官、軍令部(総)長、同次長、艦隊鎮守府、警備府の司令長官、戦隊、要港部*8の司令官などに充てられていた。
尚、陸軍大臣及び海軍大臣に就任していた者の場合、相手が大将であっても行政命令を発する事が出来た。*9

エモリー・アプトン (Emory Upton) 著報告集 「欧亜の陸軍 (The Armies of Europe & Asia)」1878年邦訳の86-87頁では明治初期のアメリカ陸軍では本階級を少将相当とし、日本軍の将官を准将、少将、大将の三階級制と記載されている。

その後の自衛隊においては、統合幕僚監部及び陸上海上航空の各幕僚監部の長(幕僚長)以外の陸海空将がこれに相当する。
但し、実際には補職により、アメリカ軍の中将および少将の扱いを受ける、いわゆる対外的な階級区分が内在しており、外国では方面総監等とそれと同位あるいは準じる職にある将のみに限定される。


*1 1793年に現呼称に改められる。但し、1814年から1848年まで旧呼称に戻されている。
*2 1939年までGénéral commandant de corps d'arméeと呼称。
*3 同軍では四つ星である。
*4 海軍大将と同格である。
*5 嘗てはチリ軍においても同様だったが、ピノチェト政権交代以後、スペイン軍と同じGeneral de ejército(空軍はGeneral del aire)に変わったため、今は使用されていない。
*6 武官について定められたもので、旧軍では官と職が明確に区分されていた。
  本来は陸海軍大将をもって充てるべきところを陸海軍中将をもって充てることができる職位。実際には、概ね陸海軍中将が補されていた。
  陸軍では参謀総長、教育総監、軍司令官など、海軍では軍令部総長、艦隊司令長官、鎮守府司令長官など。
  例外として常時中将の指定職となっている師団長であるが、これは平時における最大の編制単位として天皇に直隷するためにこの職位となっていた。

*7 陸軍大臣、海軍大臣、陸軍大将および海軍大将。
*8 警備府の前身。要港部に格下げされた舞鶴の司令官は1936年6月に、1938年11月には全ての要港部司令官が親補職となり、中将の補職が制度化されている。
*9 当時の閣僚は親任官であった。
  またその場合、中将昇進時点で、その大将よりも先任であった予備役軍人が補されるケースが多かった。


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