Last-modified: 2016-11-18 (金) 09:25:58 (394d)

【対応防御】(たいおうぼうぎょ)

自らが搭載・保持する兵装による攻撃を受けても貫通しない装甲を保持する事。
艦艇戦車歩兵ボディアーマーなどの設計思想の一つである。
時代を経るに従って兵装の破壊力は増していくので、必然的に性能要求も厳しくなっていく。

基本的には全周を十分な装甲で覆う事が最善とされるが、それが不可能な場合は、司令区画・エンジン砲塔・弾薬庫などのバイタルパート装甲を集中させる集中防御方式*1などを用いる。
集中防御すら困難な場合は機動力アウトレンジステルス技術などによって被弾率自体を下げる機動防御が設計の主流となる。

歩兵の対応防御

対応防御はそもそも中世までの鎧の設計思想であり、初期には投石や投げ槍を無視して白兵戦に専念できる装甲が一つの目標であった。
長弓・機械弓などの新兵器が登場する度に、それに対応して鎧も硬く重く進化していった。

中世ヨーロッパでは、この思想が極限まで進み、ついには騎手のみならず馬の全身すらも鎧で覆った重騎兵が登場するに至った。

しかし中世後期には生物の筋力と製造コストが限界に達したため、まず騎兵が、次いで歩兵も、胴体や頭など生物の急所を重点的に守る集中防御方式に移行した。
近代のライフリングされた銃に対しては集中防御も不可能になったため、狙撃されたら必ず死ぬという前提での機動防御に移行するようになった*2
近代以降でも歩兵は集中防御方式の装甲(ヘルメット・ボディアーマー防弾チョッキなど)を着用しているが、これは間接砲撃で撃ち込まれる榴弾の破片・拳銃弾暴発事故などの偶発的な危険を想定したものであり、古代の戦争のような正面突撃に耐えられるものではない。

艦艇の対応防御

人間の鎧とは逆に、艦艇火器が発達するまでほとんど装甲化されていなかった。
巨大な鋼鉄の塊を船として用いるのはいくつかの理由から実用的ではなく、船の発明から数千年に渡ってどの文化圏でも木造船が主流だった。

  • 漕ぎ手、帆、生身の船員などのバイタルパートがどうしても剥き出しになってしまう。
  • どれほど頑丈でも拿捕に対しては無意味である。
  • 帆船や人力船を装甲化すると重量増加によって速度が落ち、航海や戦闘機動に支障が出る*3
  • 港のない場所で補修する必要に迫られた場合、木材は容易に入手できるが金属材は入手できない。
  • 船舶サイズの金属加工という作業は現代でも多大な資本を必要とする産業であり、鍛冶屋が手工業で作業するとなれば一艘作るだけでも国家的な一大事業であった。
  • 同じ兵員数について必要なコストが木造船とは桁違いに高く、交戦して鹵獲された際の経済的被害もまた桁違いに高くなる。
  • 産業革命以前、鉄製品は慢性的な供給不足状態にあった。船一艘分の鉄の塊があれば鋳潰して武具、釘、農機具、雑貨品などに再加工したいと思うのが当時の人々の共通見解であったろう。

艦載砲が発達して拿捕の機会が激減し、航法の発達によって遭難の危険を避けられるようになり、蒸気機関鉄道によって鉄鋼業の規模が拡大し、帆よりも強力なエンジンが発達する事によって初めて艦艇の装甲化が実現した。
その後は艦隊決戦思想から装甲と艦載砲の技術競争に終始していたが、徐々に戦艦の主砲を想定した集中防御方式が主流になっていた。
その後、第二次世界大戦などの戦訓から魚雷水雷対艦ミサイルへの対応防御が不可能と目されたため、空母艦載機による先制攻撃とイージス艦による迎撃を主とする機動防御方式へと移行していった。

車両の対応防御

車に装甲を施すという発想は戦車火砲の発明よりも古い。
少なくとも中世後期には、装甲を張った馬車の陰に身を潜めて弓矢から身を守ったり、攻城戦において木材で装甲化した人力車を突撃させる戦術が生まれていた。

ただ、火砲の発明から戦車の発明までの間には長い空白がある。
コンスタンティノープルの陥落から現代に到るまで、同時代で最強の兵器に対する対応防御が達成された試しはない。
これは火砲爆弾の巨大化が装甲の増加よりも容易であるためで、戦車が登場するまで陸上兵力に装甲を与えるのは気休めでしかないと考えられていた。
現代の車両も例外ではなく、あらゆる戦車は常に自身を撃破可能な火力に警戒しながら行動する事を余儀なくされる。
戦車機動力が要求されるのはこのためで、間接砲撃近接航空支援を回避するために機先を制して動くのは戦車戦の基礎である。

一方で、戦車歩兵が持ち得る兵器に対してほぼ完全な耐久性を持ち、同時にその攻撃に対して同等以上の火力で反撃できる事も求められる。
この二つの要求が、言い換えれば「(必要十分な火力を備えた上で)自身の火力に耐えられる事」、即ち「対応防御」である。

黎明期の戦車は、機関銃で撃たれる事を絶対に避けられなかったため、当初から機関銃に対する対応防御を想定した装甲が張られ、また自身にも機関銃が搭載されていた。
第二次世界大戦期になると、戦車は最大口径の歩兵砲に匹敵する主砲を備え、それに耐えられる装甲を備える事が要求された。
そして今日の主力戦車は、RPG対戦車ミサイルなどの個人携帯式対戦車火器の直撃に耐え、また、歩兵戦闘車トーチカから攻撃する歩兵を撃退可能な120mm程度の大口径を備えている。

一方、主力戦車に類しない車両はそれほど強固な装甲は持たず、対応防御を意識しない事も多い。
例えば、歩兵戦闘車は普通主力戦車が敵主力を叩いた後から交戦するもので、自走砲戦車歩兵よりも後方から火力支援を行う。
どちらにせよ、最前線の戦車隊が壊滅しているのでもない限り大規模な攻撃を受ける心配はあまりない。
逆に言えば、そうした車両に対する大規模な攻撃は、主力戦車部隊を壊滅させるほどの大火力であるに違いなく、それほどの破壊力に対して装甲の有無はあまり意味を持たない。
このため、そうした車両は基本的に歩兵からの攻撃のみを想定し、機関砲対戦車ミサイルを叩き込まれたら助からないものと考える。
RPGなどの個人携帯式対戦車火器もそうした車両の天敵であるが、それらは、搭載された機銃や随伴する歩兵などが先制攻撃を行う事で対処する。


*1 一例として、旧日本帝国海軍の戦艦大和は、自らの搭載する46cm砲弾を所定砲戦距離(20,000〜30,000m)から受けても貫通しない装甲をバイタルパートに施していた。
*2 散兵戦塹壕戦CQBなど。これらは全て、敵に視認される前に機先を制して撃つ事だけが歩兵の生還を可能にする、という思想で構築されている。
*3 ただ、これが本当に弱点であったかは疑わしい。沿岸航海であれば問題ないという試算もあるし、日本では装甲ガレー船、いわゆる「鉄甲船」が圧倒的な戦力を発揮したという真偽不明な伝説がある。

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