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【珊瑚海海戦】 †
戦争 | 太平洋戦争(大東亜戦争) | |
年月 | 1942年5月8日 | |
場所 | 珊瑚海 | |
交戦勢力 | 大日本帝国 対 アメリカ、オーストラリア | |
結果 | 日本軍の戦術的勝利・米豪連合軍の戦略的勝利 | |
指揮官 | 日本海軍 | 帝国海軍第四艦隊司令(MO作戦司令):井上成美中将 |
連合国軍 | 米国海軍第17機動部隊司令:フランク・J・フレッチャー少将 | |
戦力 | 日本海軍 | 空母3隻、重巡6隻、軽巡3隻、駆逐艦12隻、その他、輸送艦、補給艦、掃海艇などの 支援艦艇 |
連合国軍 | 空母2隻、重巡7隻、軽巡1隻、駆逐艦13隻、その他、油槽艦、水上機母艦など | |
損害 | 日本海軍 | 軽空母1隻(祥鳳?)沈没、空母1隻(翔鶴)中破、艦載機81機喪失 |
連合国軍 | 空母1隻(レキシントン)、駆逐艦1隻(シムス)、油槽艦1隻(ネオショー)沈没 空母1隻(ヨークタウン)中破、艦載機66機喪失 |
太平洋戦争(大東亜戦争)中に日本海軍と連合軍の間で行われた海戦の一つ。
ポートモレスビーを占領しようとした日本海軍空母機動部隊とそれを阻止しようとした連合軍の空母部隊が珊瑚海において交戦。
歴史上初めて航空母艦同士が主力として戦った海戦である。
連合軍の損害は空母1隻に対し、日本軍の損害は軽空母1隻と戦術的には日本海軍の勝利に終わったが、日本機動部隊も艦載機やパイロットを多数消耗し、日本海軍はこの後の作戦続行が不可能としてポートモレスビー攻略を断念した。
さらに日本海軍はこの海戦で損傷した空母を後のミッドウェー海戦で復帰させることが出来なかったのに対し、連合軍は空母をミッドウェー海戦に復帰させることが出来たので、この空母の戦線復帰はミッドウェー海戦における勝利を左右した。
参加兵力 †
日本海軍 †
- 南洋部隊
- MO機動部隊
- MO攻略部隊
- 援護部隊
連合軍 †
- 第17任務部隊(Task Force 17)(アメリカ・オーストラリア連合軍、旗艦:空母「ヨークタウン」)
- 第2群(Task Group 17.2)
- 重巡「ミネアポリス」「ニューオーリンズ」「アストリア」「チェスター」「ポートランド」
- 駆逐艦「フェルプス」「デューイ」「ファラガット」「エールウイン」「モナガン」
- 第3群(Task Group 17.3)
- 重巡「オーストラリア(HMAS)」「シカゴ」
- 軽巡「ホバート(HMAS)」
- 駆逐艦「パーキンス」「ウォーク」
- 第5群(Task Group 17.5)
- 第6群(Task Group 17.6)
- 油槽船「ネオショー」「ティペカノー」
- 駆逐艦「シムス」「ウォーデン」
- 第7群(Task Group 17.7)
- 水上機母艦「タンジール」(PBY-5「カタリナ」×12機)
- 水上機母艦「タンジール」(PBY-5「カタリナ」×12機)
- 第2群(Task Group 17.2)