Last-modified: 2017-06-20 (火) 20:54:58 (154d)

【海防艦】(かいぼうかん)

戦闘艦艇の一種で、主に沿岸・領海警備、船団護衛、対潜警戒などに当たる艦のこと。
国際基準に照らし合わせた場合の用語訳が定かでなく*1、基本的に日本国内独自の概念とみて良い。
日本においても現代では正確な定義が存在しない、旧日本海軍のみのローカルな用語である。

元々は区分の定かでない、または既存の区分で用いるべきでない例外的艦艇に対する暫定的な扱いであった。
例えば型落ちした古い艦や、輸入・鹵獲された国内規格外の艦などが「海防艦」と呼ばれた。

そうした艦は交換部品や運用・整備技術に互換性が欠けるため、兵站に多大な負荷をかけた。
また性能面でも正規規格の艦艇に比して様々な差異があり、戦隊を組んで連携するのが困難だった。
このため、一隻のみで行える任務が割り振られ、艦隊行動からは引き離された。
「海防」という響きはいかにももっともらしいが、実際のところ、閑職であった事は否めない。

その後、太平洋戦争時に通商・漁業保護用のフリゲートが量産された際、この艦種も「海防艦」と呼ばれた。
旧来の規格外艦とは異なり、これらの量産海防艦は数隻で連携して任務にあたっていた。

この時、従来の「海防艦」の概念は破棄された。
残存艦のうち実戦投入可能なものは一等巡洋艦*2、不可能なものは「練習特務艦」に改称されている。

終戦後、残存の海防艦は引揚者輸送や機雷処理などの戦後処理に投入された後、多くは戦時賠償として接収されるか屑鉄として処分された。
最終的に5隻のみが紆余曲折を経て海上保安庁所管の巡視船として使われた。

これ以降「海防艦」と呼ばれる艦そのものは建造されていない。
しかし、その設計思想は海上自衛隊護衛艦海上保安庁の巡視船などに反映されている。

主な海防艦

  • 日清戦争?鹵獲
  • 日露戦争鹵獲
    • 壱岐(もとロシア戦艦「インペラートル・ニコライ1世」)
    • 石見(もとロシア戦艦「オリョール」)
    • 周防(もとロシア戦艦「ポビエダ」)
    • 相模(もとロシア戦艦「ペレスヴェート」)
    • 丹後(もとロシア戦艦「ポルタワ」)
    • 見島(もとロシア海防戦艦「アドミラル・セニャーウィン」)
    • 沖島(もとロシア海防戦艦「ゲネラル・アドミラル・アプラクシン」)
    • 鈴谷(もとロシア巡洋艦「ノーヴィク」。元通報艦
    • 松江(元ロシア東清鉄道貨物船「スンガリ」)
    • 満州(元ロシア東清鉄道貨客船「マンジュリア」。元通報艦)
    • 若宮(もと英国商船「レシントン(RMS Lethington)」*3
  • 旧主力艦
  • 甲型海防艦*6
    • 占守型(同型艦4隻)
    • 択捉型(同型艦14隻)
    • 御蔵型(同型艦8隻)
    • 日振型(同型艦9隻。戦後、海上保安庁の「おじか」型巡視船として1隻が再就役)
    • 鵜来型(同型艦20隻。戦後、海上保安庁の「おじか」型巡視船として4隻が再就役*7
  • 丙/丁型海防艦*8

*1 他国の海軍で、古い時代、近海域における哨戒・警備目的で建造された大型の砲艦や装甲艦を「海防戦艦」と訳している文献もある。
*2 該当の艦の前歴がいずれも巡洋艦であったため。
*3 1905年1月、対馬海峡で日本海軍に発見され拿捕されたもの。
  当時、本船はウラジオストクへ戦時禁制品を輸送していた途中であり「違法行為」として日本政府により没収された後、日本郵船を経て海軍へ編入され、更に水上機母艦となる。

*4 2017年現在、現存する日本海軍の戦闘艦艇としては唯一のものとなっているが、船体の周囲を陸地化して固定されているため動くことはできない。
*5 この他、海軍が軍医中尉としてスカウトした学生も「研究乗組軍医」として参加していた。
*6 「御蔵」型以降は当初「乙型」と呼ばれていたが、後に統合されている。
*7 このうちの一艦である「志賀」(海保での船名は『こじま』)は、1960年代に海保から解役された後、千葉市に寄贈されて「海洋公民館」として用いられていたが、平成時代の1998年に解体された。
*8 1943年に海軍軍令部が発した「量産型海防艦建造要求」で建造されたもの。

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