Last-modified: 2015-07-12 (日) 13:22:34 (829d)

【バビロン作戦】(ばびろんさくせん)

1981年、イラクのバグダッド近郊にて建設中だったオシラク原子炉に対し、イスラエルが実施した航空攻撃作戦
イラクの核兵器製造を妨害する目的で実施された。

オシラク原子炉の正式名称は「タンムズ1号」といい、フランスから輸入されたオシリス型研究用原子炉である。*1
軽水炉ではあるが、様々な放射性物質を生成する目的で設計されたスイミングプール型容器を持つ。
イラクは原子炉建設の目的を「将来の石油資源枯渇に備えて」としていたが、核燃料として高濃縮ウランを必要とするなど発電炉としては合理的でなく、さらには使途不明瞭な劣化ウラン*2を輸入していたこともあり、「核兵器プルトニウムを量産する目的で建設されたのではないか」という疑惑が持たれた。

イラクが核武装する可能性に脅威を感じたイスラエルは、モサドにより、輸出前の原子炉容器に対する破壊工作や、建設関係者の暗殺・恫喝などを試みたが、建設を止めることはできず、ついには軍による武力行使を決断した。

参加兵力は主力となる攻撃機F-16が8機(各機Mk.84 2000ポンド弾を2発装備)、および護衛戦闘機F-15が6機だった。
武装としてレーザー誘導爆弾が検討されたこともあったが、当時のF-16レーザーを照射する機能が備わっておらず、また目標へレーザーを確実に照射できる場所まで工作員を潜入させることも困難であり、使用することができなかった。
無誘導爆弾で目標を確実に破壊するため、作戦に参加するパイロット達には厳しい訓練が課せられた。
また、当時最新鋭のF-16であっても航続距離がギリギリで、かつ空中給油機をまだ保有していなかったため、滑走路端でアイドリングする離陸直前の機体に給油をするという危険な手段もとられた。

シナイ半島東部のエツィオン空軍基地*3を発進した14機はサウジアラビアの領空を無許可で侵犯、続いてイラク領空に入り、バグダッド近郊で建設中だった原子炉に対し攻撃を加えた。
モサドがイラクの防空網を調べ上げたこともあり、奇襲が完全に成功したため反撃は僅かで、15発の爆弾が命中し原子炉は破壊された。
帰路は再びサウジアラビア領空を侵犯。さらにヨルダン領空を侵犯し、全機が無事に帰還した。

稼動前であったとはいえ、史上唯一の原子炉に対する攻撃作戦であり、イスラエルに対し特に当事国のイラク、ヨルダン、サウジアラビアをはじめとして世界中から非難の声が上がった。
国際的に見て非合法な作戦であった一方、もしも原子炉の破壊に成功しなかった場合は湾岸戦争の際にイスラエルが核攻撃を受けたかもしれないとする説もある。

なおイラクはオシラクの後継として、小型研究炉の「タンムズ2号」を1987年に稼動開始しており、数グラムのプルトニウムを生産していたといわれる。
またそれとは別に、高濃縮ウランの生産設備を建設中であった。
これらの設備は、1991年の湾岸戦争の際に多国籍軍の爆撃を受け、破壊されている。*4


*1 オシラクはフランス側の通称で、「オシリス」と「イラク」の合成語である。
  余談だが「オシリス」は古代エジプト神話の神、「タンムズ」はシュメール神話の神である。
  また「タンムズ」は当時のイラクの政権与党「バース党」が政権を奪取した月の名でもある。

*2 U238。適した原子炉があればプルトニウムの原料となる。
*3 イスラエル南端エイラート近郊の、第三次中東戦争で占領した地域に存在した。1989年にエジプトへ返還され、現在はターバ国際空港として使用されている。
*4 アメリカはその後もイラクがNBC兵器を隠匿しているとして、2003年にイラク戦争?を起こしたが、結局NBC兵器やその原料は発見されなかった。

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