Last-modified: 2016-11-23 (水) 20:41:55 (270d)

【サラエボ事件】(さらえぼじけん)

1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国領サラエボ(現 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都)を訪問していたオーストリア皇太子フェルディナンド夫妻が銃撃を受け、暗殺された事件。
犯人は帝国からの独立を叫ぶセルビアの民族主義者の少年だった。

皇太子を暗殺されたオーストリアはセルビアに宣戦布告。そしてオーストリアと同盟を結んでいたドイツ帝国が参戦。
一方セルビアを助けて、ロシア帝国、大英帝国、フランスが参戦。
これをきっかけに4年にわたる第一次世界大戦が始まるのだった。

実はこの事件が発生した当初は、ヨーロッパのどの国も大きな事件とはとらえていなかった。
それまでのヨーロッパでは日露戦争とバルカン戦争が勃発し、その後も市民の権利拡大や自治権を巡って細かな争いが絶えず、決して順風満帆な平和と繁栄の時代とは言い難かった。
どこの国を見ても支配下に置いた地域が独立を声高に主張し、たびたびテロや暗殺も発生していたため、特に英仏ではよくある政治的な暗殺事件が起こっても不思議ではない地域で起きた、程度の認識しかなかった。
これらの背景もあって、各国の指導者達はまさかこの事件が世界を巻き込んだ大戦争のきっかけになるとは思ってはいなかった。

しかし、この時ヨーロッパの国々には民族、領土植民地などに絡む戦争を始める理由が存在しており、何かきっかけがあればその目的を達成するべく戦争をする準備が進んでいた。
そんな中、最適な開戦の理由となったのがこの暗殺事件だった。
更に戦争で生まれる膨大な物資の需要を求め、経済界もこの事件を理由に開戦を主張。
様々な目的を持った国が丁度良い口実を得て、それぞれの目的達成のために開戦に踏み切った。


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