Last-modified: 2021-09-16 (木) 06:56:19 (9d)

【コメット】(こめっと)

Comet(彗星)(原義).

後述のとおり、航空機艦艇戦闘車輛の愛称や名称として幾度か用いられている。

ドイツ(レシプロ旅客機)

Dornier Komet.

ドイツのドルニエ社が1920年代に開発・生産したレシプロ旅客機

当時のドルニエ製航空機の特徴である大型のパラソル翼?を持った全金属製の機体であり、1基のエンジン機首に装備していた。
乗客4名の座席はキャビンにあるが、乗員2名の席はエンジン後部に露出していた。

日本でも川崎航空機によりライセンス生産され、朝日新聞社が取材用機として4機*1を運用していた。

その内の1機(101号機)にはキャビン内に暗室が設けられていて飛行中の写真現像が可能であり、「空飛ぶ編集室」と称された。

スペックデータ
乗員2名
乗客数4名
全長12.10m
全高3.56m
全幅19.60m
主翼面積62
自重2,154kg
全備重量3,526kg
発動機BMW 水冷V型12気筒×1基(出力500hp)
最大速度182km/h
航続時間5.5時間
実用上昇限度5,000m


ドイツ(ロケット戦闘機)

Messerschmitt Me 163 "Komet".

第二次世界大戦中、ドイツのメッサーシュミット社が開発・生産したロケット推進の迎撃戦闘機

加速力・上昇力はレシプロ機よりも格段に優れていたが、エンジンの信頼性が低く、航続距離が極端に短いことが欠点であった*2
また、高温の燃焼ガスを噴出するため滑走路に対策を施さなければならず、燃料酸化剤も特別な施設で保管・管理する必要があった。
特に燃料と酸化剤には高濃度の過酸化水素とヒドラジンを使用しており、搭乗員整備員は常に生命の危険にさらされたという。

関連:秋水

スペックデータ(Me 163B-1)
乗員1名
全長5.75m
全高2.50m
全幅9.30m
翼面積18.50
エンジンHWK 109-509ヴァルター機関?液体燃料ロケットエンジン)×1基
最大出力17kN(3,800lbf)
最大速度960km/h
上昇限度15,500m
上昇能力10,000m/3.2min(3,125m/分)
航続時間約8分
武装ラインメタル?MK108 30mm機関砲×2基


バリエーション

  • DFS 194:
    原型機で、安定性と操縦性研究のための補助ロケット付きグライダー

  • Me 163A:
    ロケット動力の研究機であるDFS 194の改良型。
    実用型のMe 163Bとは異なる外観を持つ。
    エンジンはHWK-R2-203(推力750kg)を搭載。

  • Me 163B-0:
    HWK-109-509A2(推力1,700kg)を搭載した先行量産型。70機生産。
    固定武装は主にMG151/20 20mm機関砲×2門(弾薬各100発)を装備するが、V46号機以降はMK 108 30mm機関砲×2門(弾薬各60発)を装備した。

  • Me 163B-0/R1:
    V46号機以降の機体に類似した型。
    クレム社ベブリンゲン工場で20機のみ作られた。

  • Me 163B-0/R2:
    B-0に類似しているが、B-1の量産用の翼を使用している。
    クレム社ベブリンゲン工場で30機のみ作られた。

  • Me 163B-1a:
    HWK-109-509A(推力1,700kg)を搭載。279機生産。
    MK 108 30mm機関砲2門(弾薬各60発)を装備。

  • Me 163B-2:
    標準量産型。クレム社で生産が予定されていた。
    武装・無線機ともB-1と同じだが、エンジンは巡航燃焼室の無いHWK-109-509Bの予定だった。

  • Me 163C:
    補助燃焼室を持つHWK-109/509C-1(推力2,000kg)を搭載。
    燃料搭載量を増やして航続時間の延長を目指した。
    涙滴式風防、与圧キャノピー、30mm機関砲を4門に増やすなどの改良を加え、試作機が3機ほど完成していたと見られるが、Me 163Dの方が有望であると判断されて生産は中止された。

  • Me 163S:
    B-1aの武装、ロケットエンジンを撤去して複座化した練習機。少数生産。

  • Me 163D / Me 263(Ju 248):
    ユンカース社によって大幅な再設計がなされた機体。
    橇式だった降着装置前車輪式の油圧引込脚が装備され、胴体も真円断面構造に変更されている。
    エンジンはHWK-109/509C-1を搭載し、航続時間も15分と延長された。
    固定武装にMK 108 30mm機関砲2門(弾薬各40発)を装備。
    試作機が動力飛行テストなどを行ったが、量産には至らなかった。

ドイツ(仮装巡洋艦)

第二次世界大戦中に就役し、通商破壊戦を行った仮装巡洋艦
秘匿名称は Schiff 45。

1936年に進水した貨物船「Ems」を改装したもので、1940年6月2日に就役した。
1942年10月にアーグ岬沖でイギリス海軍の攻撃により撃沈された。

スペックデータ
起工-
進水1937.1.16(貨物船として)
就役1940.6.2(仮装巡洋艦として)
その後1942.10.13 撃沈
常備排水量?3,287t
全長115.0m
全幅15.3m
喫水-
機関MAN式2サイクル6気筒ディーゼル×2基1軸推進
最大出力3,900hp
最大速力16.0ノット
航続距離51,000海里/9ノット
乗員279名
武装クルップ45口径15cm単装速射砲×6基
6cm単装砲×1基
SK C/30 83口径3.7cm連装機関砲×1基
C/30 65口径2cm単装機関銃×4基
53.3cm連装魚雷発射管×3基6門
機雷×30個
装甲なし
航空兵装アラドAr196 水上偵察機×2機

英国(エアレーサー)

De Havilland DH.88 Comet.

1930年代、英国のデ・ハビランド社が開発・生産したエアレース用の航空機

機体は空力的に洗練された単葉双発・流線型の全木製機で、イギリス機としては初の手動式引込脚を装備するほか、後縁フラップや2翅自動可変ピッチプロペラを有する。

飛行可能なレプリカ機も制作されている。

スペックデータ
乗員2名
全長8.8m
全高3m
翼幅13m
翼面積19.74
翼型RAF34
空虚重量1,329kg
最大離陸重量2,517kg
エンジンデ・ハビランド ジプシー・シックスR 空冷6気筒×2基
エンジン出力230hp(170kW)
プロペラ2枚翅可変ピッチプロペラ
最高速度381km/h
巡航速度350km/h
失速速度119km/h
航続距離4,707km
上昇限度5,800m
上昇率4.6m/s

英国(ジェット旅客機)

De Havilland DH.106 Comet.

1940年代、英国のデ・ハビランド社が開発・生産した、世界初のジェット旅客機

当初、本機は「大西洋横断可能な高速郵便輸送機」として計画された*3が、当時、英国初のジェット戦闘機を開発していたデ・ハビランド社は、全く新しい分野である「ジェット旅客機」として開発に着手。
開発当初は「24席クラスの無尾翼機」として開発が始まったが、ドイツのMe163「コメート」(前述)を模して製作された実験機「DH.108」の墜落事故*4を受けて、より堅実な後退翼機として製作されることになった。

結果、完成した機体は、後退角をつけた主翼の根元に4基の「ゴースト」ターボジェットエンジンを埋め込んだ独自の形状をしていた*5
また、その「ゴースト」も、推力面で物足りないものであった*6が、機体を超々ジュラルミンの薄肉モノコック構造で軽量化し、なおかつ表面を平滑化することで補っていた。

こうして完成した「コメットMk.1」は、1951年にローンチカスタマーである英国海外航空(現在のブリティッシュ・エアウェイズ)に就航。
航続距離こそ2,000km台と短かったが、レシプロ機の2倍の速力と定時発着率の高さ*7・振動の少なさ*8で人気を博し、エンジンを「エイヴォン」に換装して航続距離を伸ばした改良型の「コメットMk.2」は、日本航空パンアメリカン航空、エア・インディアなど、世界中の長距離国際線を運航するフラッグキャリアから50機近いバックオーダーを抱えるに至った。

しかし、1954年にMk.1が相次いで二度の空中分解事故を起こしてしまい*9、その原因解析の結果、機体構造に重大な欠陥があったことが判明*10
これを受けてMk.1は全機が永久飛行停止となったばかりか、後継モデルも信用と販路を喪失。
結局、1964年に生産を終了するまで112機の生産にとどまった。

各国航空会社からの発注を受けていたMk.2は全ての発注が取り消され、完成した機体は英国空軍輸送機として引き取られた。
また、後継のMk.3・Mk.4も受注が伸びず、少数の生産にとどまった。
そしてこの結果、メーカーのデ・ハビランド社も苦境に陥り、ホーカー・シドレーに合併されることになる。

以後、航空機の開発・生産に当たっては実物の1機によって試験を行ない、耐用時間に対して十分に安全な寿命が確保されているか、フェイルセーフが確保されていることを証明しなくては、公共の空を飛ぶことは出来ないこととされた。
また、航空機の窓や開口部に角をつけることはタブーとされた。

スペックデータ

コメットMk.1/Mk.2
タイプコメット1コメット1Aコメット1XBコメット2
乗員数4名(機長副操縦士航空機関士航法員
乗客数36名44名
全長28.61m29.53m
全高8.70m8.99m
全幅34.98m
胴体幅2.97m
翼面積188.30
自重5,670kg5,350kg6,125kg
最大離陸重量47,620kg52,160kg53,070kg54,430kg
エンジンターボジェット×4基
デ・ハビランド
ゴースト 50 Mk1
デ・ハビランド
ゴースト 50 Mk2
デ・ハビランド
ゴースト 50 Mk4
ロールス・ロイス
エイヴォン 503
推力22.2kN22.8kN23kN32.5kN
巡航速度725km/h770km/h
航続距離2,415km2,850km4,065km
最大限界上昇高度12,800m


コメットMk.3/Mk.4
タイプコメット3コメット4コメット4Bコメット4C
乗員数4名(機長副操縦士航空機関士航法員
乗客数58名56名71名79名
全長33.98m35.97m
全高8.99m
全幅34.98m32.83m34.98m
胴体幅2.97m
翼面積197.04191.30197.04
自重9,160kg9,200kg10,930kg
最大離陸重量65,760kg73,480kg71,610kg73,480kg
エンジンターボジェット×4基
ロールス・ロイス
エイヴォン 523
ロールス・ロイス
エイヴォン 524
ロールス・ロイス
エイヴォン 525B
推力44.5kN46.7kN
巡航速度805km/h850km/h805km/h
航続距離4,345km5,190km4,025km6,900km
最大限界上昇高度12,200m11,500m11,900m

バリエーション

  • コメットMk.1:
    初期型。1954年の連続墜落事故により構造上の重大欠陥が判明、永久飛行停止となった。

  • コメットMk.2:
    エンジンをロールス・ロイス「エイヴォン」に換装した改良型。
    Mk.1の飛行停止により航空会社からの発注がすべて取り消され、英国空軍輸送機として引き取った。

  • コメットMk.3:
    胴体の延長、エンジンの改良による航続距離の延伸など、抜本的な改良を施した型。
    アメリカでの耐空証明再取得遅延*11により1機のみの生産に終わる。

  • コメットMk.4:
    Mk.3をベースとした最終量産型。
    1958年に英国海外航空のロンドン〜ニューヨーク線に就航し「ジェット機初の大西洋無着陸横断」を成し遂げたが、同時期にデビューしたB707DC-8よりペイロードが小さかったこともあってそれらとの販売競争に敗れ、74機の生産に終わる。

  • ニムロッド:
    本機(Mk.4型)をベースとした哨戒機
    詳細はニムロッド(哨戒機)の項を参照のこと。

  • シュド・カラベル:
    フランスのシュド・エストが開発・製造した、西側諸国初の短中距離路線向けジェット旅客機。
    コメットの技術を流用している。

英国(巡航戦車)

Cruiser Tank Comet(A34).

英国が第二次世界大戦末期に開発した35t級の巡航戦車
イギリス陸軍最後の巡航戦車でもある。

当時のイギリスは、アメリカからレンドリースされたM4「シャーマン」中戦車を使用していたが、ドイツ軍のティーガー4号戦車には力不足であったため、17ポンド砲を搭載した巡航戦車として本車が開発された。

17ポンド砲を搭載する巡航戦車としてはチャレンジャー(A30)が開発されていたが、車高が高く機動性にも問題があった。

車体はチャレンジャー巡航戦車と同様にクロムウェル?巡航戦車をベースにしているが、重量増加のためにサスペンションの強化や上部支持輪の追加が行われた。
主砲として77mm*12 HV(High Velocity:高初速)砲が搭載された。
この砲は同時代のドイツ主力戦車であるパンターの主砲である70口径75mm砲にも匹敵する威力を持っていた。

量産車は1944年9月に軍に引き渡されたが、実戦に投入されたのは1945年3月のライン川渡河作戦以降であったため、対戦車戦闘はほとんど経験していない。

1958年にはイギリス陸軍から退役し、アイルランドやフィンランド、南アフリカ共和国、ミャンマーに売却された。
ミャンマーでは2007年まで現役であった。

スペックデータ
乗員5名(車長、砲手、装填手、操縦手、機関銃手)
全長7.77m
車体長6.55m
全高2.67m
全幅3.04m
重量33t
懸架方式クリスティ式サスペンション
エンジンロールス・ロイス ミーティアMk.液冷4ストロークV型12気筒(600hp(447kW))
最高速度50km/h
行動距離250km
武装50口径77mm高初速砲×1基(61発)
7.92mm ベサ機関銃×1挺(5,175発)
装甲砲塔:
前面101mm、側面63mm、後面57mm、上面16mm
車体上部:
前面76mm、側面32mm、後面25mm、上面12mm
車体下部:
前面76mm、側面32mm、後面38mm


日本(監視取締艇)

海上保安庁・監視取締艇「こめつと」(JCG Comet SS-78)。

「おりおん」型監視取締艇の25番艇として2010年に就役。
現在は第六管区・尾道海上保安部に所属し、広島県・尾道港を母港*13としている。


*1 うち1機は陸軍が不採用とした機体を引き取ったもの。
*2 燃料を使い切った後の本機は鈍重なグライダーでしかなく、着陸時や着陸後は連合国軍戦闘機の格好の餌食となった。
*3 郵便物は荷重が軽く、旅客機に比べて安全面での制約も厳しくないため、開発のハードルは低くて済んだ。
*4 この事故で、テストパイロットだったデ・ハビランド社長の子息であるジェフリー・デ・ハビランド・ジュニア氏が死亡した。
*5 主翼の下にポッドで吊り下げる方式が、アメリカのボーイング社に特許を取られて採用できなかったため。
*6 この当時、推力を大きく取れる軸流式ターボジェットのロールス・ロイス「エイヴォン」やアームストロング・シドレー「サファイア」が研究段階にあったが、それらの実用化を待っていては開発が遅延するため、実績のある「ゴースト」が選ばれたという。
*7 ブリードエアによってキャビンが与圧され、レシプロ機よりも高い高度を飛ぶことができたことによる。
*8 当時、大型レシプロ機はエンジンの大出力化による騒音・振動が問題となっており、これを原因とする事故も起きていた。
*9 一度目の事故の際、東京・シンガポール・ヨハネスブルグに各1機が滞在していたが、これらは郵便物以外空席の状態で(与圧システムを作動させないよう)低空飛行で英本国へ呼び戻された。
*10 実際の機体の構造寿命が、机上の計算より一桁少なく、与圧された胴体の繰り返し変形によって金属疲労を起こして空中分解に至ったことが判明している。
*11 これには、当時B707を開発中だったボーイングの政治的工作があったといわれるが、真偽は不明。
*12 実際の弾頭径は76.2mmであり、口径が同じだが砲弾が異なるM4中戦車などで使用されていた76.2mm砲弾との混乱を防ぐために命名されたものである。
*13 書類上の母港は東京港(これは海保の船舶すべてに共通)。

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