Last-modified: 2018-07-15 (日) 11:27:52 (128d)

【アイオワ(BB-61)】(あいおわ(びーびーろくじゅういち))

USS Iowa(BB-61).

1939年に設計、1940年代に建造された超ド級高速戦艦
アメリカ史上最後の戦艦となった*1

第二次世界大戦前夜、まだ仮想敵国であった日本の金剛型の撃破と日本艦隊の戦列を圧倒するために設計された。
当時日本が開発していた新型戦艦(後の大和型)との交戦も想定していたが、想定したのは40センチ砲を搭載した戦艦だった。

パナマ運河を通行する関係上、船体の幅に限界があるため、船体形状が前後に細長くつくられた。
この関係で砲塔も大きくすることができず、主砲は同世代の大和型より小口径なものになった。
一方で、機関に高温・高圧のボイラーを採用したことにより、戦艦としては珍しく最大速度30ノットを越える優速を発揮できた*2
装甲は45口径40.6cm砲に対応し、前世代と比べて司令塔の装甲厚などは若干拡大されている。
とはいえ、自身の搭載砲である50口径40.6cm砲への対応防御は限定的だった。

ネームシップの「アイオワ」は1943年に就役したが、その時点ですでに戦艦の時代は終わっており、敵の戦艦と砲火を交えることはなかった。
航空主兵主義に支配された太平洋にあって、本級はもっぱら地上への支援砲撃航空母艦の護衛に従事した。
また、儀仗としても用いられ、1945年9月に東京湾で行われた日本の降伏調印式では三番艦「ミズーリ」が式場として選ばれている。

大戦終結後、ミサイルが投入される新時代の戦争に対して戦艦は全く戦略的利点を提供できなくなり、兵器としての意義を失った。
朝鮮戦争ベトナム戦争では対地砲撃任務を行ったが、まもなく艦隊から外され、記念艦やモスボールとなって軍役を退いた。

「600隻艦隊構想」での復活

1980年代、アメリカのレーガン政権は「強いアメリカ」と称するドクトリンを掲げ、軍備増強に着手。
その一環として生まれた「600隻艦隊構想」と称される海軍再編成計画の中で、残存するアイオワ級戦艦4隻の現役復帰が試みられた。

この際の近代化改修では副砲が撤去され、巡航ミサイル対艦ミサイルファランクスシステムに換装された。
この改修戦艦はレバノン内戦に投入され、主砲斉射でシリア軍司令部を爆散せしめる戦果を挙げている。
とはいえ、一度退役した40年前の戦艦の運用には大きな問題があり、以下のような報告が挙げられている。

  • 改修しても1980年代の水準に追随可能な防空・対潜能力を持つ事はできず、単艦で行動できなかった。
  • 装甲は40年前の水準のままであり、当時の対艦ミサイルに対してきわめて脆弱だった。
  • 戦艦を一切運用しない時代を経ていたため、艦載砲の運用技術が断絶していた。
  • 海上抑止力を発揮する役割が弾道ミサイル原潜に移行していた。
  • 艦自体の老朽化が著しく、航行中にトラブルが続発した。
  • 40年前の艦載砲を使うより、空母艦載機巡航ミサイル空爆した方がはるかに効率的で安全だった。

結局のところ、何故こんな事が着想されたのかは定かでない。
一種の儀仗・宣伝として戦艦の偉容を用いようとしたとも、新たな戦艦を建造する計画の事前調査とも言われていた。
また、別の一説には、当時ソ連が就役させたキーロフ級ミサイル巡洋艦を「戦艦の復活」と分析していたとも言われる。

やがて冷戦終結とともに軍縮が始まると、元より余命の短い本級は再び予備役編入となった。
「ミズーリ」が湾岸戦争に参戦したのを最後に全艦が艦隊から外され、その後も戦場に引き戻される事はなく、やがて時を経て除籍。
これにより、世界の海軍から「戦艦」という艦種が消滅することになった。

スペックデータ

全長270.43m
270.7m(ニュージャージー)
全幅32.96m
排水量
基準/満載
45,280t/57,256t
吃水10.60m
機関蒸気タービン方式 4軸推進
バブコック&ウィルコックス式 M-Type重油専焼ボイラー×8基
GE式またはウェスチングハウス蒸気ギヤードタービン×4基
出力212,000馬力
最大速度約33.0ノット
航続距離16,600海里(15ノット時)
乗員艦長以下1,921名
兵装Mark7 50口径16インチ(40.6cm)3連装砲×3基
Mk.30 38口径5インチ(12.7cm)連装両用砲×10基
ボフォース 40mm4連装機銃×15基
エリコンFF 20mm単装機銃×60基
兵装
(近代化改修(FRAM I)後)
Mk.143「ABL*3」 4連装ミサイル発射器×8基
トマホークSLCMを装備)
4連装SSM発射筒×4基(ハープーンSSMを装備)
ファランクス20mmCIWS×4基
艦載機水上偵察機×3機
(改修後)
SH-60「シーホーク」対潜ヘリコプター×2機
設備カタパルト×2基
装甲舷側:307mm
装甲甲板:121mm+32mm
主砲防盾:432mm+64mm
主砲座:439mm
司令塔:439mm
隔壁:287mm


同型艦

艦番号艦名起工進水就役不活性化再就役退役備考
BB-61アイオワ
(USS Iowa)
1940.6.271942.8.271943.2.221949.3.24
(1回目)
1958.2.24
(2回目)
1990.10.26
(3回目)
1951.8.25
(1回目)
1984.4.28
(2回目)
2006.3.17記念艦として公開
BB-62ニュージャージー
(USS New Jersey)
1940.9.161942.12.71943.5.231948.6.30
(1回目)
1957.8.21
(2回目)
1969.12.17
(3回目)
1991.2.8
(4回目)
1950.11.21
(1回目)
1968.4.6
(2回目)
1982.12.28
(3回目)
1999.112001.10.
記念艦として公開
BB-63ミズーリ
(USS Missouri)
1941.1.61944.1.291944.6.11*4-1986.5.101955.2.26
(1回目)
1992.3.31
(2回目)
1999.1.29
記念艦として公開*5
BB-64ウィスコンシン
(USS Wisconsin)
1941.1.251943.12.71944.4.161948.7.1
(1回目)
1958.4.8
(2回目)
1991.9.30
(3回目)
1951.3.3
(1回目)
1988.1.21
(2回目)
2006.3.17記念艦として公開

建造中止艦

艦番号艦名起工進水就役退役備考
BB-65イリノイ
(USS Illinois)
1945.1.15-1945.8.12建造中止
完成度22%(中止決定時)
1958.9.
スクラップとして売却
BB-66ケンタッキー
(USS Kentucky)
1944.12.61950.1.20-1947.2.17 建造中止
完成度72.1%(中止決定時)
進水後にモスボール保管
1956.
艦首部分21mを「ウィスコンシン」
に移植*6
1958.10.31
スクラップとして売却*7

*1 本級を上回る「モンタナ」級が計画されていたが、キャンセルとなったため。
*2 ただし、機関に負荷を与えない制限があったことで、実用的な速力は30ノットとされる。
*3 Armored Box Launcher:装甲ボックスランチャーの略。
*4 ウィスコンシンの方が先に就役したため、本艦はアメリカ海軍が就役させた最後の戦艦となった。
*5 真珠湾アリゾナ?記念館の後方に位置する形で公開されている。
*6 フレッチャー?駆逐艦「イートン(USS Eaton, DDE-510)」との衝突事故による修復のため。
*7 搭載されていた主機は、サクラメント?高速戦闘支援艦?1番艦「サクラメント(USS Sacramento, AOE-1)」と2番艦「カムデン(USS Camden, AOE-2)」に転用された。

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